JINSEI STORIES
退屈日記「音信不通の息子の生存確認が続く」 Posted on 2020/10/13 辻 仁成 作家 パリ
3、4日前に、ぼくが息子にピザトーストの写真を送ったら、息子から「友だちのロマン君の家でピザを食べてる」というメッセージ、というのか写真も届いたのだけれど、それ以降は、大丈夫か、とメールしても返事なし。
ちょっとコロナのことで心配事項があり、一昨日も、昨日も、今日も、ずっとメッセージ送っているのだけど、返信がない。
さすがに心配になったが、「高校二年生の男子なんてものは、そういうものだよ、ほっとけ」と相談をしたピエールから返事が戻ってきた。ま、そうなんだけどね、しかし…。
パリを離れてから、ワッツアップ(フランスにおけるLINE)にメッセージが入ったのは二回だけ。
コロナ感染拡大中だし、もしかすると再びロックダウンか、と言われているし、引っ越して新しいアパルトマンなので、まだ隣人とも親しくないし、…困った。
管理人のセルビア人のレテシアさんにアルバイトで掃除と買い物だけは頼んでいるのだけど、もし、家で倒れていたりすれば彼女が気が付くはずだしなぁ…。
レテシアにメッセージを送ると、「キッチンで料理した形跡がありましたから、いると思いますけど」とつれない返事。
レテシアは午前にお願いしているので、やつはそのころ、学校である。
もともと、朝、すれ違っても、低血圧なので、返事が戻ってきたことがない。
時々、堰を切ったように喋ることがあるけれど、それはだいたい自分の音楽活動の自慢話しとか政治とか環境問題とか自分が関心のあることばかり。
パパの身の上相談とかしても、遠くを見つめて、もちろん、返事なし。
パパの誕生日さえ覚えてなかった。
「今日、パパの誕生日なんだけどさ」
と自分からついに言ってやったけど、へー、で終わり。
カッチーーーーーーン。
こういうやつに誰が育てたのか、というと、ぼくなのだけど、…やれやれ。
今回、ぼくの日本滞在は自主隔離もあり、いつもより長いので、音信不通だと心配である。ま、3,4日前にメッセージが一度届いているので、生存はしているようだ。
スケボーとかしに行き、不良たちに絡まれ、ボコボコにされてないか、心配になった。
そうだとしたら、警察から連絡は来るだろう。
或いは学校の担任から、連絡が入るはずである。
ということは生きている、…。
前のアパルトマンだったら、二コラの両親や近所の仲間たちが支えてくれるのだけど、運悪く、新天地だった。
「おーい、生きてるか?」
「サヴァ?」
「返事しろよ」
「ちょっと話したいことがあるから、電話ください」
「なんで返事しない? 」
「お小遣い上げてやろうか? お小遣い上げて貰いたい人、連絡ちょーだい」
最後のメールでクラスメイトのロマンの家でピザを食べているということだったので、ロマンのお母さんにワッツアップで、事情を説明した。東京の夜景の写真を添えて。
≪Cher Hitonari,Oui je vais très bien et j’espère que vous également.Merci pour la photo de la vue de Tokyo !Très bonne soirée Odile≫
≪ひとなりさん、はい、私は元気よ、あなたも元気でありますように。あ、東京の風景ありがとう。良い夜をね、オディール≫
ぜんぜん、まじか、というメールだった。
大事な部分への回答がない!!!
そこでママ友たちに「息子が音信不通で捜索中、どなたか心当たりのある人は教えてください」と送ったら、先ほど、ソフィから、
「見たわよ、昨日の夕方、学校の校門の前で友だちと談笑してた。大丈夫じゃない?」
という返事。お、つまり、昨日の夕方までは生きていたことになる。
もう少し様子を見るしかないか。
ちょっと長めのメッセージを送ることにした。
「パパは東京で自主隔離中だけど、宿から一歩も出られないので、ちょっとメンタル落ちてる。コンビニに買い物にも行けないんだ。宿から出ちゃだめだと言われた。毎日、缶詰食べてるんだぞ。缶詰も美味しいけど、飽きる。野菜とか、魚とか食べたい。今、日本はサンマがうまいんだ。知ってるだろ、脂ののった細長い魚だ。ともかく、コロナよりも厄介な状態だ。身動き取れない不安の中にいる。だから、あまり心配かけないでくれないか。フランスは感染爆発しているみたいだから、マクロン大統領が水曜日に何か宣言するみたいだし、またロックダウンにでもなったら、お前、一人でどうする? その件で、話し合いたい。頼むから返事だけでも、貰えないか? 自主隔離がどんなにパパの心を暗くさせているか、わかるだろ? 安心させると思って、なんか一言でいいから、連絡よこしなさい。ごはんちゃんと食べてるか? お金は足りているか? もし足りないなら、本棚のフランソワ・モーリャックの「愛の砂漠」の150ページに20ユーロ札一枚隠してある。それを使え。父」