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滞仏日記「父親冥利に尽きる。父から子へ受け継がれていくファッション」 Posted on 2020/09/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、土曜日なので、息子に引っ越しを手伝わせることにした。
旧宅に二人で行き、鍋とか、皿とか、仕事道具とか、生活用品を整理しトランクに詰め、新居に運ぶことにしたのだ。
クローゼットをあけると、今更ながらに思ったのは、よくもまあこんなに服を買ったものだ、ということ。
ぼくは洋服が好きで、買うのも好きなのはいいのだけど、結局、選ぶのはいつも同じズボン、Tシャツ、ジャケットなのだ。
でも、捨てきれずにずっと持ってきてしまった。その半分は東京で買ったものだった。
思わず苦笑。断捨離しなきゃ、と思いつつ、捨てきれずに、今日まで持って移動してきてしまった服たち…。



で、ふと、思った。あいつに…。いや、ダメだ。何年か前に、ぼくのTシャツを大量に譲ろうとしたことがあったが、
「センスが違い過ぎる」
と拒否られた。
その後、どうセンスが違うかについて、ボロクソに言われて、腹が立った経験があった。

たしかにヒップホップ好きな息子に、ロックなシャツはダメ。
当時の息子にとって、ロックは古い音楽でしかなかった。
しかし、ものは試しだ。捨てようと思って箱にまとめておいた古い服の中からズボンを一つ掴んで、子供部屋の片付けをしている息子のところに持っていき、
「これとか、穿く?」
と訊いてみた。
「え?」
と一瞬、言葉を詰まらせた息子くん。あかんな。立ち去ろうとしていると、見せて、と言い出した。



で、その時、初めて気づいたのだけど、ぼくが選んだズボンは、多分スーツのズボンのようで、しかし、肝心のジャケットがない。いつ買ったのか、記憶にもない。サイズがLなので、ぼくはXSだから、果たして自分のかもどうかも疑わしかった。
「いいね。これ、かっこいい」
「マジか? かっこいいと思うのか? パパはスリムしか穿かないから好きならやるよ」
「いいの? 逆にこういう昔のおじさんのズボンって、流行なんだよ」
いちいち、偉そうに言うんだけど、どう思います?
「でも、お前にもぶかぶかじゃないか?」
「ベルトがあれば、別にぶかぶかでもいいんだけどなぁ」
そこで、ぼくはベルト、バックル、マフラーなどを詰め込んだケースを漁ってみた。
大昔に買った白いベルトがあった。ポール&ジョーの銀のバックルが付いたロッケンローな白いベルトだ。恥ずかして、一度もしたことがないやつだった。
これとか、と言って差し出すと、息子が、声を出して、笑い出した。
「めっちゃ、カッコいいね」
ぶかぶかのズボンを、ぎゅっと白いベルトでしめて穿いた息子くん。お、似合うね。

滞仏日記「父親冥利に尽きる。父から子へ受け継がれていくファッション」



ということで、クローゼットの整理ついでに、着れそうな服を息子のために選んだ。
マッキントッシュのかなり古いジャケットがあったので持っていくと、おお、なんて素晴らしいの、と言い出した。
数回しか着たことがない。
5351という日本のブランドのジーンズ生地で出来たジャケットがあったので持っていくと、うわあああ、この古い感じ、新しい、と言い出して、いきなり目の前でファッションショーが始まってしまった。
これがその、5351のジャケットである。たしかに、カッコいいじゃないのー。

滞仏日記「父親冥利に尽きる。父から子へ受け継がれていくファッション」



ぼくには大きすぎて着れなくなった服ばかりだったが、捨てなくて、よかった。なぜか、全部気に入ってくれたのだった。
「昔、Tシャツやろうとしたら、さんざ、バカにしてたよね」
「いやいや、Tシャツってちょっと拘りがあるんだよ。ぼくはヒップホップだから、Tシャツにメッセージがある。でも、ズボンとか、ジャケットとか、ベルトとかって、パパが若い頃に買ったものであり、それはある意味、憧れの古着になる。それも、90年代くらいの世界観がいかしてる。この感じ、今は出せないし、カッコいいんだ。パパ、時代は一巡してるんだよ」
「一巡かぁ。じゃあ、またパパの時代が巡ってくるってことか?」
息子が笑った。
「パパの飛躍の仕方って、常にポジティブだね。そういうことにしとくよ」

ということで、息子くんはいきなりぼくのお古を着て青春を送ることになった。
「デートに着ていけば?」
「うん」
素直に、うん、と言われて照れてしまう父ちゃんであった。



息子のフランス語の先生、マリさんは、結婚してお子さんが生まれてボルドーで暮らしているけれど、彼女はお母さんの着ていた服を今も大事に着続けている。
マリさんだけじゃなく、フランスの女性たちはみんな、お母さんからお母さんが青春時代に大事に着ていた服を譲り受け、それをとっても大切に着ている。
ぼくはマリ先生がぼくと息子に自慢していた時のことが忘れられない。
こうやって、フランス人のファッションセンスは、親から子に受け継がれてきたのである。
ぼくも、息子に自分のセンスを、(笑)、手渡せるのが嬉しかった。
息子が喜んで、着る、と言ってくれたことが嬉しかった。
自分が「いいな」と思って買った服を子どもが着てくれると、自分の青春が否定されなかったような喜びに包まれる。
今日まで大事にしてきた服を手放さないでよかった。いつか、そういう日が来るんじゃないか、とパリまでもってきておいて、よかった。
息子がぼくの服を着た姿が、かつての自分そのものでもあった。父親冥利につきるじゃないの!

滞仏日記「父親冥利に尽きる。父から子へ受け継がれていくファッション」

ECHOESのデビュー前、22,23歳くらいの父ちゃんである。息子はこの時代のぼくの顔にそっくりなのである。

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