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退屈日記「パリの不動産事情、田舎で暮らしたい、2」 Posted on 2020/09/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、在仏20年近くになろうとしているけど、ぼくはフランスに物件を持っていない。毎月、家賃を払っている。賃貸の方が気楽なので、そうやってだらだらと生きてしまったけれど、今後も家賃を払い続けるのは年齢的にもどうなのかな、と考えだし、慌てて何か小さな物件でも買おうか、と思ったら、還暦なので、銀行から借りるにも年齢の問題で簡単じゃない、という情けない結果も出て、キャッシュで買えるほどお金持ちじゃないし、何よりもパリの物件は20年前の倍以上、2~3倍、いやもっと値上がりしてしまい、銀座に家を買うような状態にいつの間にか、なっていた。



その上、建物が古いので買っても水漏れとか、この日記でも書いた通り、修繕にばかりお金がかかり、結局は、借りた方が楽だったりするので、パリでの物件購入は断念していた。そこへ来てのコロナ禍で、ぼくはならば、地方に仕事場兼住居というのが安心だ、と思ったのだ。日本でも過疎の村とか人を招く代わりに物件を安く売ります的なプロジェクトがあるので、そういうのを探そうと思った。ところが、いろいろとみて回って、確かになんにもない場所だと、たとえば、フランスの超田舎だと2ヘクタールの土地としっかりとした100平米くらいの家とか馬小屋付きで3千万円くらいであった。セーヌ川に面しているけど、周りは畑と森で何もない。これも20年前だと半額くらいだった。風光明媚な場所なので、素晴らしいけど、夜はびっくりするくらいに寂しい魑魅魍魎の世界となる。もちろん、カフェもない。隣の家まで3キロメートルみたいな、そんなところで生きていけるだろうか? 無理だ。



購入じゃなく、賃貸という手もある。というのはパリはそこそこ広い物件で暮らしているけど、パリ中心部なので、やはりそれなりに家賃は高い。例えば、パリのアパルトマンを小さくし、田舎に賃貸で広い家を借りるということならば、パリと田舎を行き来するような生活も不可能じゃない、といろいろ考えた。息子も目指す大学が見つかったようだし、フランスの大学なら無料だから、お父ちゃんとしては有難い。ところで、フランスで物件を借りたり、買ったりするのはどうやるのか、ちょっとおもしろいので、話を脱線してみよう。

退屈日記「パリの不動産事情、田舎で暮らしたい、2」

賃貸も売買もだいたい日本と同じで、サイトに登録をしていると連絡が来るので、内見に行く。ただ、外国人の場合、特にぼくのような自由業の人間は物件を借りるのでも毎回、大変なことがある。フランスでは不法占拠して、家賃は払わないし出て行かない人が結構いるのだ。何か法律で強制排除できない理由、フランスは人権の国なので、10月から3月末までは特に強制退去が出来ない。そういう人を追い出すのにぼくの知り合いは二年ほどかかった上に、もめにもめたので、出て行く時に、家の中を破壊しつくされた。住人だった人はお金がないので、裁判で勝ってもお金は戻って来ない、ということで知り合いは泣き寝入り。人権を重んじる国だから、こういうことが起こるのだろうけど、貸す側が慎重になるのも仕方がない。ぼくが物件を借りる場合は「銀行保証」という担保金のようなものを銀行に預けて、いざ契約違反がある場合はそのお金が大家に流れるというものにサインをすることになる。ぼくはフランスでそうやって物件を借り続けてきた。日本の敷金礼金のようなものだが、額がもっと大きい。



それから、フランスの場合、建物ごとにサンディック(管理組合)という人たちがいて、英語のシンジケートね、ここが本当に怖い人たちで、度々揉める。この人たちは建物を守る側の人間で、大家とも違うので、何か問題があると強権を発動して、がんがん責められる。フランスのすべての集合物件にはこの管理組合が存在し、ぼろくそに言われる。今まで一度も優しい管理組合の人にあたったことがない。というのはやはり不法占拠するような人もいるし、フランス人はだいたい人の家だと思うと雑に暮らすので、彼らが厳しいのも当たりまえと言えば当たり前なのだ。その点、日本人は清潔に家を使う、というのが定説としてあるので、まあ、他の国の人よりは、喜んで日本人に貸したいという大家は多い。



賃貸の場合、気に入った物件があったら、まず不動産屋と交渉をし、契約、そして借りる流れなのだけど、アパルトマンや家を購入する場合はここにノテール(公証人)が入ることになる。これも日本と同じだけど、このノテールは遺言状などの管理もする、いわば弁護士と似た扱いとなり、名前の前に「メートル(マスター)」が付く。物件を購入する場合、サイトで物件を探し、内見、気に入ったら不動産屋と値段交渉、手付金を払い、売り手書い手のそれぞれのノテールが間に入り、物件に問題がないかをチェック。フランスの法律で過去に遡ってその物件に問題がないかを調査する会社などがあり、地質検査とか建物の耐久検査など、入念に調べられてから、契約書にサインという流れになる。

コロナの影響で、パリを離れ、田舎を目指す人が増えていて、前の記事でも書いた通り、田舎の家が不足している。売ろうとしていた人たちも売り渋っていて、値段が高騰しはじめており、買うのが難しくなった。日本でも都会を離れる人が増えているというのを聞いたので、人間の心理というのはどこも一緒かな、と思った。じゃあ、パリの物件の値段が下がるか、というと下がらない。パリは世界中の人たちが投資目的で買う人が多く、下がらないのだ。ぼくには高嶺の花である。20年前、フランスの中心部の島、サンルイ島で5000万円くらいで100平米の瀟洒なアパルトマンが売りに出されていた。迷ったことがあったけど、今は、多分3億はくだらない。もう、ぼくには手が出ない。あの時買っておけばよかったと悔やまれてならないけれど、家を持ったら持ったで、抱える別の問題もあっただろうから、これでよかったのかな、と自分に言い聞かせて日々を生きている。

退屈日記「パリの不動産事情、田舎で暮らしたい、2」

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