JINSEI STORIES

滞仏日記「辻仁成の一日」 Posted on 2020/09/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、
7時、息子の目覚ましが鳴り響き、目覚める。昨夜は朝の5時まで眠れず、ツイートなどしていた。まだ二時間しか寝てないけど、仕方ない、起きることにした。だらだ生きるの得意じゃないのだ。
8時、息子が登校。屋外でのマスク着用が法令化されたので、ちゃんとマスクをして走る。しかし、マスクをつけると空気があまり肺に行きわたらず、心臓がバクバク。エッフェル塔まで走り、シャン・ド・マルス公園で自分で開発した太極拳の練習。道行く人がじっと見ているが気にせず自己流を貫く。周囲百メートル誰もいなくなったので、ちょっとマスクを外し、ゆっくりと深呼吸。生き返った。
8時半、掃除機、床拭き、トイレ掃除、窓拭き、ベッドメイキング。まず面倒くさいのは掃除機を取り出し、コードをコンセントに差すところ。溜まった掃除機の埃を捨てるのも苦手だ。トイレの掃除は結構毎回頭に来る。こぼすなよ、一歩前に出ろ、と床を拭きながら怒鳴っている。そろそろ布団カヴァーなどを換えた方がいい。面倒なのが掛布団。布団の端を紐で結ぶのが厄介だ。これをやらないと中で布団が丸まって、大変なことになる。四隅を結ぶのが本当に面倒で、毎回、苛立っている。上の階のマリーがオペラを歌い出す。ヘタじゃないけど、壁が薄いので、ガンガン響いてる。集中できないので、作家にとっては辛い。向こうもぼくの歌に同じ思いをしているだろうか。

滞仏日記「辻仁成の一日」



滞仏日記「辻仁成の一日」

10時、気分転換に、クリストフのカフェに行き、甘いものがちょっと食べたくて、カフェ・グルマンを頼む。常連たちがずらりとカウンターに並んでコーヒーを飲んでいる。一応、全員と挨拶。この時期はゲップという小型のスズメバチが大量発生してカフェは大騒ぎになる。ぼくは赤いセーターと黒いマスクと帽子、振り払っても次々来るので、ああーもうやんなっちゃう! カフェから逃げ出し、パン屋でトラディショナルなバゲットを一本買って帰る。
10時半、依頼もののエッセイの執筆。「dancyu」「女性自身」など連載ものは午前中にやっつける。その後、昼食の準備。息子が学校から昼食を食べに帰ってくる。卵が期限を2日過ぎてる。モッツアレラチーズも1日期限切れ、鱈子もいつのかわからないので、これらを使ってイタリアンなランチを作る。期限切れランチだ。しかし、美味しく出来た。



12時15分、ランチタイム。いつものように、息子と並んで無言の食事。
13時半、息子が学校に戻る。キッチンを片付け、洗濯の続き。全自動洗濯機だが、調子が悪い。乾燥の手前で毎回終わる全自動。人間は便利になり過ぎたことで、不便になった。寒くなったので、セーター類を手洗いモードで洗い、乾燥機にはかけず、風呂場に干す。衣替えの時期なのである。早いものだ。

滞仏日記「辻仁成の一日」



14時から、少し執筆。行間で溺れかける。
16時、オペラのカフェで「オンライン・パリ・ツアー」の打ち合わせ。スタッフさんらと歩くコースなどの足順協議。一時間というオンエアー時間で最大限、喜ばれる内容にするための細かい打ち合わせが続いた。
17時、買い物。近所のスーパーで、白ワイン、ビール二本、ペリエ、ワッフル、シャンプー、レタス、ハム、など購入。レジでポイントカードを出すと、「溜まってるから10€引きになります」と言われ、めっちゃ嬉しい父ちゃん。ルーマニア人の店主シダリアさんと立ち話。彼女にロックダウン開けにサダハルアオキのマカロンをプレゼントした。ロックダウン中、この街のために店を開け続けてくれたお礼だった。そのマカロンがとっても美味しかった、と沢山お礼を言われた。日本とルーマニアの友好のために、とぼくはお辞儀をした。

滞仏日記「辻仁成の一日」



18時、小説の続きを書く。といっても、まだ構想段階のもので、いずれ、消去するような、筆ならし程度の執筆。集中する。上の階のマリーがまた歌い出した。なんで? イタリア歌劇場のような状態である。息子が戻ってきた。コロナ対策、シャワーを速攻浴びさせる。
20時、料理を作る気がわかず、香港人パトリックの和食屋(半分は中華)に行き、気分転換。彼は毎回、友人割引きしてくれる。ぼくは焼き鳥と日本酒、息子は寿司とシュウマイと餃子と拉麺。どこがダイエット中なの、と訊くと、もうやめた、とのこと。笑った。不意に、知床旅情のカラオケが流れ始めた。なぜか全部歌えた。パトリックが横に来て、ぼくの歌を聞いている。小学6年生の頃に、父が運転する車にのって、知床に行った時の話しを息子にした。日本の歌だよ、と教えてやった。パトリックの奥さんが東京で買ったCDの中の一曲だった。加藤登紀子さん、お元気だろうか。
21時半、連載などの執筆の続きに入る。(日記はいつも生活の合間に書いているので、とくに時間は設けてない。今日は寝る前に書いている) しげちゃんから「辻さん、オンラインツアーのチケット好調です。やったー」とメッセージあり。
22時45分、今、この日記を書いている。これを配信し、それから歯を磨いて、リステリンして、新しいベッドカヴァーの布団の中に潜り込んで、ぬくぬくしてから、昨夜はあまり寝てないので、ぐっすりと寝ることになる。とくに何にもない一日だったけど、こうやって並べてみるとそれなりに生きた一日であった。そうやって、ぼくの今日は終わろうとしている。皆さん、おやすみなさい。どうぞ、今日を精一杯生きてください! 

滞仏日記「辻仁成の一日」

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