JINSEI STORIES
滞仏日記「コップ一杯の水」 Posted on 2020/08/29 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ぼくは調子が悪い時、必ず「コップ一杯の水を飲む」ことにしている。
なんか身体が変だ、きついと思うと、まず、コップ一杯の水を飲みにキッチンに行く。
最近では、気分が悪い時や、気持ちがすぐれない時にも、コップ一杯の水を飲んでいる。
とくに夜中に目が覚めた時、ちょっと喉が渇いているな、と思う時に、効果がある。
ごくごくっと飲む.
水が喉を流れ落ちていく。
身体の内側の滞った箇所に流れとうるおいを与える。
人間が水で動かされているというのが本当によくわかる瞬間でもある。
身体に入れた水が、体調の悪い時などは、染みわたるように五臓六腑へと行きわたる。
乾燥した台地に水を撒くような感じで、身体が水を喜んでいる。
すっと水がぼくの身体に広がり、ぼくという生物を蘇らせる。
人間はこの水で出来ているのだから、当然であろう。
「コップ一杯の水」は気持ちを変える時にも多いに役立つ。
水がぼくの身体を整えることで、心も一緒に動かすのだと思う。
気力が落ちて苦しい時に、ぼくはコップ一杯の水を飲む。
出来れば、晴れている日に、その太陽を浴びながら飲むのが効果的で、ぼくは牛乳を飲むお父さんのように、腰に手を当てて飲んでいる。
身体の中を流れ落ちていく水は、ぼくの内側に出来た精神の滝を想像させる。
目を閉じ、水がぼくの身体の隅々に行きわたるのをイメージするのは心地よい。
五臓六腑ばかりか、手足の先までぼくの中の水脈を広がっていく水の力と流れ。
たかだコップ一杯の水だが、これはぼくを元のぼくに戻す力がある。
しなびていた葉っぱが水を与えたことで蘇るように。
実はぼくはもともと水をあまり飲まない人間だった。
ぼくに水を飲みなさいと言ったのは母さんだった。
体調が悪い、と訴えると、水を飲んで、とよく言われた。
子供の頃よりも、それは今、役立っている。
夜中に体調が悪く目が覚め、身体がだるくて、どうしようもない時とかに、「水を飲んで」が聞こえてくる。
枕元に用意してあるペットボトルの水に慌てて口をつける。
すると、ぼくの喉を伝い落ち、全身に行きわたる水の流れがぼくをもとのぼくに戻そうとする。
水を飲んだ後、まもなく、何かがぼくの内側を動かす。
自分がこの地球という星の一生物であることを思い出させてくれる。
出来ればあらゆることに感謝をしながら水を飲むのが良い。
感謝というあなたの良き心が水の流れで身体の隅々へと届けられるからである。
人間を蘇らせ復活させるもの、それは水だ。
さ、水を飲んでみて。
体調が悪いな、と思ったら、まず水を飲んでください。
生き返りますよ。