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滞仏日記「ママ友会をオーガナイズした父ちゃんシェフと息子給仕の奮闘記」 Posted on 2020/08/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝から大忙しで、なんでこんなこと引き受けたのだろう、と後悔しながら、キッチンで夕食の準備に追われた。いつもは不機嫌な息子だが、アルバイト代15€に目が眩んで、給仕係を引き受けた。ところが、昼過ぎ、レイラから連絡があり、家を出れなくなたソフィーのかわりに、エマミュエルが来ることになった、と連絡があった。実はこの人、コストというフランスで有名な美食グループのお嬢様で、ご本人も、セレブ御用達のレストランをパリとサントロペ(ホノルルのような地中海のリゾート地)に展開している。マジか。ここでヘタなものを出して、やっぱり日本人はこの程度、とか思われると悔しい。いや、渡仏して20年近くになろうとしてるけど、日本の文化だけはちゃんと伝えたいという愚かな意地だけは捨てきれない。一人日本文化会館と自称している。何だか知らないけど、奮起してしまい、慌てて大福もちまで作ってしまった。日本と言えば、大福じゃないか、と思ったのだけど、違ったかな…。



19時にまず、息子に夕飯を与えた。いわば、まかない料理である。ぼくは自分を含め、5人分のフルコースの作業手順の再確認などをやった。20時ちょうど、ピンポン、とドアベルが鳴り、セックスアンドザシティのママたちが、乗り込んできた。もっとも、皆さん、息子の学校の同級生のお母さんたちなので、パリジェンヌだけど、派手でゴージャスというわけではない。エマミュエルもレイラもリサもメイシーも楚々として静かな方々である。

滞仏日記「ママ友会をオーガナイズした父ちゃんシェフと息子給仕の奮闘記」

まずは、サロンでアペリティフから始まった。この時、ほぼフルコースの準備は完了している。ゲストが来ているのに主人がそこに参加しないのは一番失礼にあたる。しかも、男子はぼくだけなので、シャンパンをあけるのはぼくの仕事。フランスでは女性にシャンパンをあけさせてはならない。まずは乾杯。息子が顔を出し、挨拶をすると、途端に場が和んだ。今回のメンバーのお子さんたちはほとんどが息子と小学生時代からの知り合い。離婚の後、ぼくら父子を見放さず応援してくれたのは、このホットなフランスのマダムたちだった。息子をソファの真ん中に座らせて、マダムたちがいろいろと質問を浴びせる。ちょっとしたホストクラブみたいな感じになった。その光景に微笑みを誘われながらも、彼女らへの感謝で、涙が溢れそうになった。最近、泣き上戸になった、年のせいかな…。



「大きくなったわね~」とレイラ。
「見違えるようね」とエマミュエル。
「新学期の準備出来たの? ノートとか買った?」とリサ。
「ガールフレンド出来たの?」とメイシー。
ガールフレンドという言葉にお母さんたちは反応した。
「うちの子はぜんぜん、色気なし。でも、16歳にもなって、女の毛ないの、やばいかしら」
「そうね、最近の子はゲームをやり過ぎて、なんか軟弱になってるというか、私たちの頃の16歳じゃないわよね」
「ガールフレンドいるの?」
その場から立ち去ろうとしているところを、掴まえられてしまった、息子君だった。
「あ、いえ、いますけど、友だちです」
「恋人いないの?」
「ええと、いましたけど、今は一番の友だちです」
「友だちと恋人の差って何よ」
「そうよ、それ知りたいわ。恋人って、どこからが恋人でどこからガールフレンドなの?」
息子、ええと、と呟くもたじたじ。普段はぼくに偉そうにしている我が子が、セックスアンドザシティー軍団にフルボッコにされているのが、ちょっと嬉しくもありかわいくもあった。しかし、ぼくをちらちら見て救いを求めてきたので、しょうがない、
「そろそろ、ご飯にしましょう。テーブルにどうぞ」
と助け舟を出してやることに。やっぱり、フランス・マダムたち、手ごわいね。

お客人がテーブルに着いてからは、時間との闘いになる。料理の合間に、サッと席について会話に参加しつつも、頭の中は料理とそのサーブの手順でいっぱいいっぱい。息子を給仕長として雇ったが、実際、はじまってみると役に立たないので、皿を下げる方を専門にやってもらうことにし、結局、サーブはぼくがやった。では、料理を紹介しよう。

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まずはつきだし、いわゆるアミューズが、マスの漬け卵の軍艦巻だが、寿司飯ではなく、タイ米のバターライスピラフで握ったもの。もちろん、寿司ではないから、口に入れた時のギャップに驚く。遊び心満載のスターターである。わああ、とみんな口に入れた瞬間、声を出し、トリックに引っかかって、驚いていた。美味しい、何、これ、とメイシー。わお、とエマミュエル。うーん、と目を見開きてレイラ。へー、やるね、とリサ。

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前菜1として、欧風の茄子田楽を作った。定番の茄子田楽をちょっとクリーミーに仕立てたもので、柔らかいはじまり。蕎麦の実を炒って、添えた。コリコリの触感と柔らかい茄子の緩急歯ざわり。マダムたち、きゃあ、美味しい、と唸っていた。茄子田楽の歴史と蘊蓄を語る父ちゃんの幸せ感を想像して頂きたい。味噌の中に、トリュフのオイルと、生クリームを少し混ぜ、洋風に仕立ててあるのだ。

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前菜の2に、暑いので、冷静のトウモロコシのスープを出した。生のトウモロコシから作るのだけど、これが皮をむき、コーンをそぎ落とし、煮込むのに、やたらと時間と手間のかかる料理なのである。うーーん、うーーん、と唸りながらみんな食べていた。結構、濃厚なので、食べるスープと辻家では呼んでいる。※料理雑誌dancyuのスープ連載用の仕事を兼ねて作ったので、レシピ、お愉しみに。

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前菜3として、蛸、フヌイユ、キュウリ、グレープフルーツのサラダに昨日ボンマルシェで買ったポン酢で作った特製ジュレソースをかけた一品。夏なので、酸っぱ爽やかな触感が欲しいだろう、と工夫したのだけど、マダムたち、おおおお、デリッシュー(美味しい)、と唸っていた。決め手は蛸とフヌイユのマリアージュに+ポン酢ジュレかな。

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前菜の4として、天然のドラ―ド・ロワイヤル(真鯛)のアジア風カルパッチョだが、ネギとゴマ油とフラー・ド・セルで味付けした、ちょっとアジアっぽいお刺身を出した。一晩昆布茶でしめているので、濃厚だけど、ごま油でぐんと南シナ海にふっとばされるような味わい。マダムたち一口パクッとした瞬間、ええええええー、と驚いていた。こんなカルパッチョ、食べたことがない、ということで、えへへ、と嬉しい父ちゃんだった。

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メインの1として、ここで小さなポーションの鱈子スパゲティを出すのだけど、ロシア産の鱈子とカラスミを使った、日本人にはおなじみのタラコパスタだけど、紫蘇とネギと檸檬をたっぷりと加え、30g程度の小さなポーション。マダムたち、わおーー、と叫んでいた。リサのご主人はイタリア人だけど、食べたことなーーい、と父ちゃんにはさらに嬉しい悲鳴。日本の文化を丁寧に届けられて安心なのだった。

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そしてメインの2としては、牛のさがり部位を一晩味噌漬けにしたものにカツオデンブをまぶして小さなどんぶりにしたものと、その添え物として昨夜仕込んでおいた筑前煮、これは山椒風味、を添えて出したところ、一同が、ぎゃあああああ、と盛りあがってくれて、鼻高々の父ちゃんであった。

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最後にデザートが二種、まずは知人の遠藤シェフから教わった京風の加賀棒茶のブランマンジェ、そして、日本を世界に届けたくて作ったラズベリーの大福餅だった。ブランマンジェの出来栄えは人生最高で、これを食べたマダムたちは、絶句。えへへ、ちょっと大げさだけど、驚いてくれてたかな。全9品のデギュスタシオン、フルコースで大成功のママ友女子会なのであった。

レストランを経営するエマミュエルが、鯛のカルパッチョをぜひうちでも出したいというので、しめ方と味付けを教えてあげたのだった。今回の夕食会、大変だったけど、息子を応援してくれたマダムたちへの、ささやかな、お礼も兼ねてだったので、やってよかった、のかな。

終わり。

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