JINSEI STORIES
退屈日記「パリ中心部、オペラ、オデオン地区、夏のパリを歩いてみた」 Posted on 2020/08/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、いくつか、打ち合わせがあったので、合間に、パリ中心部のオペラ地区を歩いてみた。パリは屋外でもマスクの義務化が進んでおり、特に観光地、人が多く集まるところではマスクをつけないと罰金(135€)がとられてしまう。どのくらいの人がこの法令を守っているのか、右岸のオペラ地区と左岸のオデオン地区を歩いてみた。オペラ地区のパレロワイヤルは夏の光りが降り注ぎ、美しかった。
※パレロワイヤルでは観光客のおじさんがアート化してた。
※晴れていたのに降りだして、路面が綺麗だ。
※ソーシャルディスタンスとりまくりの読書人。
8月のこの時期のパリは、バカンスで人がおらず、今年は観光客も少ないので、穏やかだ。パリ市内中心部は英語を話す観光客が少し、たぶん、イギリス人であろう。あと、中国人もいる。で、マスクをしているのは地元のフランス人、してないのは観光客であった。七割くらいの人がマスクを付けていて、外国人がしていなかった。感染者が増えて黄信号がともっているパリで、合格点は出せないが、まあまあ、頑張ってる方かな、と思った。やはり、全員がマスクをしている日本は凄いな、と思うし、マスクをしても感染が増えるのがコロナの怖いところである。
※飛沫対策の眼鏡も忘れずに。
日曜日も営業しているパレロワイヤルのENNYAで料理人の遠藤さんが自ら捌いたという天然鰻の白焼きと泡酒を頂いた。「どうですか?」とオーナーの明日香さんに訊いてみた。「こういう時代ですから席数を半分にして営業していますが、おかげさまでうちはお客様が戻って来てくれています」ということだった。通りに面した窓は全開にして、空気が流れるように、工夫されていた。
※フランス人も鰻を食べる。食べ方が違う。ぶつ切りにして、煮るのだ。あれは無理!遠藤さん、いつもながら素晴らしい料理人。
その後、現代美術家の夏坂さんらとカフェでミーティングをした。「どうですか? 最近は?」「美術学校で教えてるんですけど、ZOOMでの遠隔授業になっています。対面授業はこの状況では難しいですね」とのことだった。ルーブル美術館前のカフェで打ち合わせをしたのだけど、席と席の間がここも割とゆったり目に配置されていた。穏やかなパリの風が吹き抜けていく。コロナがなければ、最高に過ごしやすい季節なのだけど、と思った。でも、しばし、コロナは忘れよう。光りと影の織り成すパレロワイヤル地区の夏のひと時は心に優しく包み込んでくれる。人間らしさを失わないよう、綺麗なものは眺め続けたい。
※回廊が美しい。
※パレロワイヤルの中庭は国宝級。
歩いて、セーヌ川を歩いて渡り、左岸に入り、オデオン地区で、写真家のジャン・ポールから作品集を受け取った。クラウドファンディングで写真集を作ったというので、見てほしい、と言われたので足を延ばしたのだ。オデオン地区は、右岸のマレ地区同様、若者文化の中心地で、ちょっとごちゃごちゃしている。狭い通りにテラス席が溢れていて、ほぼ若者で埋まっていた。オペラ地区とはぜんぜん、空気感が違う。この辺はパリの文化の中心地である。とくに小さなギャラリーが犇めいていて、友人の画廊などもあり、ぼくの大好きなカルチエである。
※この二階の花は藤かな???
ジャン・ポールと一風堂のテラス席で待ち合わせ、うち合わせをした。ぼくは鰻を食べてお腹がいっぱいだったから博多餃子をちょっとつまんでビール、若いフランス人は赤丸拉麺を頼んでいた。パリでも博多ラーメンは大変ヒットしている。満席であった。店員さんは全員マスクをしている。お客さんは食べないとならないのでマスクは外して構わない。若者地区ではやはりマスクをしていない気の緩んだ人が目立つ。ぼくはマスクをしたまま席に座り、食べたり飲んだりする時だけ、マスクをずらして食べていた。「辻さん、食べ難くないすか?」とジャン・ポールに笑われた。「ぜんぜん。若くないぼくは人一倍警戒しているんだよ」ポケットから消毒ジェルを取り出し、彼にも手の消毒を強要した。見渡す限り、テラス席はどの店も満席で、深い時間になって、ここでもやはり、酔った若者たちから薄く広く感染が拡大するのだろうな、と想像をした。
※パリでもとんこつラーメンは大人気!
ジャン・ポールと別れ、ぼくは歩いて家まで戻ることにした。途中、ジェラート・アイスクリームの人気店「アモリノ」を見つけたので、小さなカップに3種類のアイス(ココナッツ、ピスタチオ、ノアゼット)と生クリームを、ダイエット中なのに、頼んだ父ちゃんであった。食べながら、夕暮れのパリを歩いて帰った。観光地以外は人がいなかった。マスク着用義務は人の集まる地区だけなので、大通りではマスクを外し、堂々と、アイスを食べながら、大学生のように闊歩して家路についた。八月も半ばを過ぎると、途端に秋らしくなる。路上にはマロニエの落ち葉がすでに溜まっている。その落ち葉をパリ、パリッ、と踏みしめながら(洒落である)歩いた。パリの落日のため息なり。