JINSEI STORIES
滞仏日記「結局、裁判をすることになるかもしれない」 Posted on 2020/08/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、結局、リースした車の問題は、裁判をする可能性が出てきたので、もうここには書けなくなった。今日はエミールにつきあってもらい販売店に出向き、責任者からすべての関係者を前に、これまでの経緯を話し、リース車であるのに、なんにもしないことの責任を改めて問いただしたのだけど、不可解なことに先方は非を認めたが、自分たちでは解決できないと言い張り、しかも、車が見つからないことに関しては嘘までついていたことが発覚したので、これは訴える可能性も出てきたね、という残念な結果になりつつある。(もちろん、ここには書けないことがもっとあるのだ‥・)最終結論を出す前に、エミールがドイツにある本社に、クレームすることになった。相変わらずの嘘と不誠実で対応されたら、弁護士の出番ということになる。
そうなると、渡仏して20年近くなるけど、初めての裁判になるだろう。エミールは政府関係の仕事をしているプロなので、これがアメリカだったら、対応が違っていたよね、と言った。たしかに日本だったら、こういう対応はしなかったかもしれない。ぼくはもう心の電源を落としていた。日本車にしたかったのに、これは言い訳に聞こえるかもしれないけど、販売店が少し高めに前の車を下取りし、安くリースするし、君は故障しても何一つ心配しなくていいんだよ、と言い張ったので、信じたら、このざまだった。やれやれ。車を売りつける時と、同じ人間がこんなに態度が変わるんだ、と、コロナ禍の中での久しぶりの不信感を覚えた。いい勉強になったよ。でも、一方で、エミールやその仲間たちには励まされた格好になり、捨てる神あれば拾う神あり、が人間界の面白いところかもしれない。彼らはお金目当てじゃない。ぼくとカフェでいつも笑顔で話しているこの街のご近所さんに過ぎない。でも、そういう人間が仕事の休憩時間を利用して、ぼくのために動いてくれているのだ。これはすごいことじゃないか? このことに、ぼくは感動すら覚えるよ。
裁判なのだけど、ネットなんかの誹謗中傷とかで人格を否定されたら、ぼくはどんどん裁判をしたらいいと思う。ぼくらが生きている世界は民主主義の世界なので、これを利用しない手はない。もしも、独裁者がいるような独裁国家だったら裁判は出来ない。日本もフランスも民主主義国なので、人権を不条理に否定されたら、証拠を掴んで訴えるのが普通だろう。裁判に勝てると思うなら、費用は全部戻ってくるはずだから、名誉のために、やればいい。黙っていたら、生きてはいけない世界なんだから、相手がドイツの大手自動車メーカーであろうが、コロナ禍の大変な時であろうが、やる時はやる。もちろん、そのための証拠も冷静にちゃんと揃えておく必要がある。今、これまでの時系列をまとめているところだ。そのために、この日記がとっても役立っている。まさか、ここで日記が役立つなんて。
今回のドイツ車の販売会社側は会話を全て録音しているようだった。ついでに、会話は全てタイプしていた。タイプの音がちゃんと聞こえるように、打っていた。最初から、裁判に備えていたのだ。エミールは、たとえ怒りがこみあげてきても、バカとか、汚い言葉は使うな、裁判で不利になる、とぼくに言い続けた。ぼくはもともとそういう言葉が嫌いなので、その人間のやったことしか正さないけど、こういう時に先方はマニュアルがあって、裁判に勝つべき言葉をずらりと並べてくる。なるほど、こういう教育をされているのだ、ということがよくわかった。
ぼくは絶対に負けない、とツイートでも宣言をした。あれからずいぶんと時間が流れた。泣き寝入りをする人も多いと思う。フランス人でも同じ立場になったら、折れて、もういいよ、となる人もいるだろう。本当に面倒くさいことだ。ぼくは修理代が惜しいのじゃないし、レンタカー代金を取り返したいわけでもない。そんなものはくれてやってもいい。ただ、バカにされたくないだけだ。フランスで18年も19年も生きてきて、こういう対応でこの国を嫌いになりたくない。彼らを分からせるために裁判が必要なら、自分の名誉のために行動をするだけである。絶対、ぼくは勝つ。不条理には戦うしかない。今日は短いけど、これ以上、書けないので、おしまいにする。写真も車の写真を載せたいところだけど、可愛い花の写真にしておく。
©️Hitonari TSUJI
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