PANORAMA STORIES
アンティークと過ごす贅沢な時間 Posted on 2022/05/30 マント フミ子 修復家 パリ
世界はものにあふれ、欲しいものは手を伸ばせばすぐに手に入るような時代。
用が済めば使い捨てられ、また新しいものが生まれる。
人は豊かさと引き換えに、大事な何かを置き忘れてきてしまったような、時々そんな気持ちになります。
本当の豊かさって、心豊かに生きるって、なんだろう。
その答えはアンティークと過ごす時間の中にありました。
パリとパリ近郊の田舎町にある家を行き来するようになり、数年が経ちました。
築200年以上の田舎の家。
壁には大きなヒビが入ったり、閉まらない雨戸があったり・・・。
便利なパリのアパルトマン生活に慣れた私は、時代が止まったようなこの家に来ることがあまり好きではありませんでした。
誰も住んでいなかったこの家。
私がもう少し住んでみようと思ったのは、椅子の修復を習い始めたことがきっかけです。
椅子の修復をするとほこりも出ますし、釘はあちこちに飛び散ります。そして、何よりカナヅチで力強くトントン叩きますので、パリのアパルトマンでは近所迷惑になってしまう。
ときどきパリから椅子を運び、場所もあり、誰の迷惑にもならないこの家で修復をするようになりました。
住み始めた時、古い家だったので、階段の絨毯はほつれたまま、庭は荒れ放題という状況でした。
椅子の修復の合間に庭の草を抜き、絨毯のほつれを直したり、傾いた絵画を掛け直したり、少しずつ家のコンディションも整えていきました。
そうしているうちに季節は一巡し、次第にこの古い家の良さに気づいてきたのです。
この家にもっと住んでみたい、と思いました。
初夏、藤の花が壁を伝う姿は美しく、秋には庭のイチョウが黄金色の雪を降らし楽しませてくれます。
この家がしっかり生き続けていることを実感できることも、田舎ライフのささやかな喜びであります。
昔から美術品や調度品には興味がありましたが、椅子の修復を始めてからというもの、以前にも増して古いものを素晴らしいと思うようになりました。
ちょっと長く生き過ぎた私にとって、この古い家は相棒であり、宝箱のようなもの。
家具のほとんどはアンティーク品です。
ダイニングテーブルはボルドーの、たまたま通りかかったアンティーク市で購入したもの、寝室の絵はパリのオークションで購入したもの、・・・。
玄関口にあるランプは、マルセイユの城にあったものでした。推測ですが、このランプが灯した世界は一世紀を超えるものと思われます。
今まで私の意識の中には「ランプは光を補うもの」でしかありませんでしたが、このランプの色やフォルムの愛らしさは立派な美術品です。
100年前はどんな部屋を照らしていたのだろう?
想像を巡らせると、このランプが今自分の手元を照らしていることが奇跡のようです。
修理を重ね、捨てずに後世へ残し続けるフランス人のモノを大切にする精神には相変わらず脱帽してしまいます。
暇を見つけては骨董市を巡り、古い椅子を探し、ついでに家具を買い漁ってきました。年月のなせる業でもあります。
湿度計や小さな小物に及ぶまで、それぞれのモノが築200年の家に負けない歴史を携えそこに存在しています。
それらを使うたび、それぞれの物語を空想するという楽しみを見つけることが出来ました。
パリを抜け出しこの田舎の家に到着したら、まずは庭の草花を集め、部屋中に飾ることから始めます。
パリの花屋で売っているようなおしゃれな花ではありませんが、世話をしないのに育ってくれる季節の草花からは力強い生命力を感じます。
あちこちに飾ることで、家全体が元気になっていくよう。
花を飾ったら、庭のミントを摘んで少し甘めのミントティーを淹れましょう。
誰ともすれ違わず、モノと自然とだけ向き合い過ごす数日。
この時間、私にとって最高の贅沢なのです。
断捨離とは正反対をいく生活にこそ、私は魅力を感じます。
Photography by Mante Fumiko
Posted by マント フミ子
マント フミ子
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修復家。岡山県出身。在仏30年。フランスに暮らしはじめ、アンティークの素晴らしさに気づく。元オークション会社勤務。現在はパリとパリ郊外の自宅にて家具やアンティーク品の修復をしている。