JINSEI STORIES
退屈日記「ZOOMを駆使した新しい表現の場プロジェクト始動」 Posted on 2020/06/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、新作小説のラストスパートに突入している。毎日、頭の中に主人公たちの世界が広がっている。去年から書いてきたものだけど、コロナが武漢で始まった頃から、少しずつコロナ時代における愛の物語へと主題を移行させ、改定を繰り返し、フランスのロックダウン中に集中して筆を入れ、ようやく日の目をみるところまでたどり着いた。うまくいけば、来月売りの文芸誌で掲載されると思う。その仕事をしながら、日記を書いて、新聞とか連載とか、テレワークが中心なのだけど、いろいろ考察を繰り返してきたが、その中で、今、ZOOMの舞台演出をやれないか、という新しい企画が動いている。
これは若手の演劇人たちとの個人的な交流からスタートしたものだが、そのカンフェランスの中から、次第に一つの形が見えつつある。速度が必要なのと、小説が手を離れ始めたので、早い時期にいくつか実験を試みたい、と思っている。ということで仕事の合間などにZOOMの勉強ばかりしている。ZOOM宴会に参加したことがないけれど、ZOOMには可能性があることに気が付いた。ここに劇場を作ろうということになってきた。ご存じのようにオーチャードホールのぼくのワンマンコンサートも来年5月に延期になり、10本目の監督作「真夜中の子供」も不意のコロナの登場で撮影が中断を余儀なくされている。そんな時代だからこそ、卑屈にならないで、表現の可能性をぼくは模索し続けたいのだ。ZOOMの可能性に着眼している人は多いけれど、ぼくもそこに自分だからこそ出来る新しい可能性を見いだした。エンターテインメント、アート、音楽、映像、演劇、など、既存のシステムの再開を指をくわえて待ち続けるだけじゃ、何も生まれない。こういう世界的な感染症の時代だからこそ、表現には無限の可能性があるはずだ。乗り越える壁が高ければ高いほど、人間は工夫し乗り越えて行く生き物なのだ。それは飲食業であろうと、どのようなジャンルの仕事であろうと同じだと思う。
本誌、design storiesも自費を投じて4年前に、その時はこういう時代が来るなどと思っていたわけじゃないけど、作家はこれから自分のプラットホームを持つべきだ、と思い、開始したわけだが、毎月、数百万人の人がビジットして下さる文学的交流の場となった。このプラットホームをもっと広げて行けないか、と模索している。高杉晋作の辞世の句「おもしろきこともなき世を面白く」が常にぼくの心の底にはある。文学や音楽や映画や演劇が消え去ることはない。方法は少しずつ変わっても、人間は物語やメロディや感動が必要なのだ。きっと早い時期に、来週とか来月とか、そんな速度で、皆さんにそういうものを届けられる場所を少しずつ用意できると信じている。
おもしろきこともなき世を面白く、ぼくはとことんやったるで。