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滞仏日記「今時の子の奇抜な復讐?」 Posted on 2020/06/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はマルシェに買い出しに向かう途中、歩き慣れた大通りの角地にある建物の壁に見慣れない巨大な張り紙(2m×5mくらいはあった)を見つけた。買い物かごをぶら下げた状態で、思わず立ち止まり、そのまま、そこに描かれた文字から目が離れなくなった。

「お前の脅迫が私を黙らせることはない。ニコラ、お前は私をレイプした。もう私はお前を怖がらない」

近所の住人も立ち止まり、その文面を読んでいた。ぼくの横にいた年配のムッシュは、ニコラめ、と唸った。ニコラって有名なんですか、と訊いたら、ニコラなんて名はそこら中にいるから、誰だかわからないが、レイプをしたニコラはきっと自分だとわかるだろう、とそのお爺さんは肩を竦めながらつぶやき、立ち去っていった。

滞仏日記「今時の子の奇抜な復讐?」



上の自動車の広告と比べてもらえばわかる通り、この復讐のための巨大な張り紙はとてもじゃないが女性が一人でやれるような代物じゃない。きっと数人の女性たち、レイプをされたと訴えるこの子の仲間たちが力を合わせてやったことだろう。見張りもいれて最低で4~5人の人の手が必要だろうし、大型脚立や各種道具もいる。組織的に貼り(張り)出されたことは一目瞭然であった。

他人の建物の壁なので(いや、もしかしたらニコラの家かもしれない)、しかも、夜中の誰もいない時間を狙ってやってるはずで、日中とか人目のある時にはさすがに出来ない。一昨日は嵐だったので、この紙の真新しさからすると、張り出されたのは昨夜から今朝にかけてであろう。法律で解決できない何か理由があるのだろうが、もしかするとニコラもその子もまだ未成年なのかもしれない。いや、そうじゃなく、もし若いけれど、成人だったら、…とにかく、あらゆる可能性が頭の中で錯綜した。

文面を分析すると、「お前、言ったらぶっ殺すぞ」とニコラはその子(もしくはその女性を)を脅かしていたのかもしれない。文章の最後のところに「前は怖かった」と思わせる二文字「plus peur」があり、かなり凄い脅迫が行われていた可能性が読み取れなくもない。脅迫という文字から、ニコラは札付きの悪なのかもしれない。

この女の子(もしくは女性)の素性はわからないが、強い復讐心は感じられる。或いは仲間たちが彼女を奮い立たせたのかもしれない。張り紙はよく見ると剥がされかけた痕が左下の方に数か所あるが、本人が慌てて剥がそうとしたのか、建物の管理人が剥がそうとしたのか、でも剥がれなかった。ともかく、暫くの間はこの状態が続くほど、しっかりと壁に接着されており、彼女とその仲間たちの恨みの強さがうかがえる。相当に凄い接着剤が使われているので、もしかすると、そういう仕事をやっている男子が加わっていた可能性もある。(しかし、人の家の壁にこういう張り紙をしちゃいけない)

ニコラがこの建物の住人なら、相当に衝撃的な復讐ということになるし、この近くに住んでるだけだとしても、ここが地元であろうことは想像に難しくなく、この話しはすでに仲間うちには広まっていて、少なくとも、ニコラの兄弟とか親は気が付くだろう。泣き寝入りはしないという強い意思と、彼女を守ろうとする仲間たちの結束を感じる。まるで映画のような報復劇だが、これで決着できるのだろうか? この二人の間にいったい何が起こったのだろう。そして、ニコラは今、ニコラに脅された子は今、何を思っているだろう。それとも、全てが真逆の出来事である可能性もゼロではない。ある意味、とってもフランスの今を象徴する出来事であり、Black Lives Matterの時期と重なり、伊藤詩織さんの裁判のことも思い出してしまい、思わず、いろいろ考えさせられた出来事であった。



滞仏日記「今時の子の奇抜な復讐?」

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