JINSEI STORIES
退屈日記「スキャンダルはなぜ文春からしかでないのか?」 Posted on 2020/05/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ここ最近、といってもここ数年、何かスキャンダルというものは必ず「週刊文春」から出てくる。週刊文春は芥川賞なども運営する文芸春秋社と呼ばれる老舗出版社の一雑誌に過ぎないのだけれど、ここから飛び出すスクープが世の中の流れを何度も大きく変えてきた。国民も「文春砲」と連呼する。逆を言えば、週刊文春が無ければ日本はどうなっていただろう、と思うことが多い。
今回の黒川元検事長の賭け麻雀の件でも、もともと小泉今日子さんら芸能関係の人たちが「#検察庁法改正案に抗議します」運動に火をつけ、国論が二極化した状況がおこり、きゃりーぱみゅぱみゅさんがツイートを削除したり大荒れになって、このコロナ禍の渦中に、いったい、どうやって収集するんだろうと思っていた矢先、間隙を突くようなタイミングでこれが出た。スクープの王道と呼ぶに相応しい一矢であった。けれども、本来、欧米でスクープと言えばこういうものを言う。文春のやり方は実に鉄則通りの展開といえる。文春はもともと第一波で世の流れを変え、暴かれた権力者たちが反論をはじめると第二、第三の波を放ち追い詰めるという高等なテクニックを繰り出す。一つの記事に火をつけておいて、話題が膨らんだ時に第二波で壊滅化させ、部数を伸ばす。よく計算された戦術を持っている。今、もっとも生き生きした日本のメディアの一つであろう。
しかし、気になるのはそのほかのメディアの、特に新聞の、逆を言えばあまりの存在の希薄さ、ではないか。新聞必要だろうか、と思う人が増える理由もわからないではない。しかもどの新聞も、今回は政治思考の真逆な産経と朝日が一緒に麻雀卓を囲んでいたというのも、第二のスクープとなって、ぼくなど、そっちの方が驚き、へー、実は日本って下では繋がってたんや、と思ってしまった。ということで、ジャーナリズム精神など微塵も感じられない文春以外のメディアのことが気になる。これこそが、国民の政治不信を招いていることでもあり、若い人が政治に関心を示さない根幹に巣くった腫瘍ではないか。そればかりか、権力者にものを申さないとならない新聞記者たちが元検事長と賭け麻雀を長いことやっていて、この件に関する一流新聞社の主筆や社主からの謝罪もなく、記者の実名公表もなく、違う部署にほとぼりが冷めるまで移動させられただけだというのだから、驚く。
違法賭博をしても首にならないのには社内的な事情があるからだろうか?賭博をやった黒川さんは訓告で終わり、5900万円の血税をもっていくそうだ。検察も何せず、首相は自分の責任です、と言って終わる。これで幕引きなら、今後、国民の皆さんが賭け麻雀をやっても警察は何も出来なくなるよ、言っときますが。少なくとも諸外国ではそのようになる。文春は布団の下で忖度談義を繰り返すこういう穴の貉たちを白日の下に引っ張りだしたのだけど、メディアがずぶずぶなので、穴のムジナたちはこそこそと違う穴へ逃げて、国民の怒りがおさまるのを息を殺して待っている。昔、「ジャーナリスト魂」などと言っていた時代が懐かしい。検察も田中角栄さんを逮捕出来た検察魂はどこに消えた。メディアはいつだって、組織にも入ってない芸能人はぼろくそに叩く。弱いものいじめの大好きな大メディアだが、権力にはまるで頭が上がらないばかりか、スクープ一つ出せない。スクープは出さないが、麻雀卓は用意する。しかも、お車まで出す。ずぶずぶであっちゃいけない場所で、3密、4密のずぶずぶ。あまりにも情けない。ジャーナリスト魂、検察魂はないのでしょうか?
テレビの有名な司会者さんが「検察とメディアの関係がずぶずぶじゃないですか?」とそのテレビ局の政治部長氏に質問をされた時の答えが今の日本を露わしている。いろいろと苦しい言い訳をされた後、政治局長さんは「真実を知るためには、記者会見だけじゃなく、ある種の信頼関係を築く必要があり真実に迫った、と」一瞬、驚くべき擁護をされたのだ。その上で、「どうやって相手の懐に飛び込むのか、を記者は考え、そこが記者の腕の見せ所であり、悩みどころであるわけで、今回はそこが間違えていた」と他人事のようにコメントされていたのだけど、ここまで擁護をしてあげないと今時の聞屋(ぶんや)は育たないのかな、と思った。ならば、なんのために新聞を買う必要がある。スクープは文春に任せたってことでしょうね。新聞社のスタイルも、長期政権の弊害と同じようなものを抱えて、それは検察も一緒で、ちょっと国をよくするために、皆さん、魂を取り戻して頂きたい、と思うのだけど、週刊文春が二日で売り切れたと聞いて、国民が求めているものがそこにあるんだなぁ、とぼくは思った。どっちの味方かよくわからないスタンスで、しかしリンゴの中心に見事に矢を放つ、週刊文春は義賊ロビンフッドか!
©️Hitonari TSUJI
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