JINSEI STORIES
滞仏日記「喉元過ぎれば熱さを忘れる」 Posted on 2020/05/20 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は大変なことをしてしまった。ロックダウンの初日から毎晩20時に医療従事者に拍手をしていたというのに仕事に追われてつい忘れてしまい、気が付いたら20時9分で、慌てて窓を開けたのだけど、すでに遅かった。ここまで一度も休んだことがなかっただけに、心が痛んだ。「こうやってみんなに忘れられていくことが寂しい」と医療従事者の人の記事を今朝読んだばかりだったのに、まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、である。
忘れたのはそれだけじゃない。バゲットは食べる前に軽くオーブンで焼いて、表面に付着しているかもしれない飛沫を除菌してから口に入れるよう心掛けてきたのだけど、それを忘れて息子にサンドイッチを作って与えてしまい、あ、と気が付いた時にはすでに食べ終わった後であった。まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、である。
昨日、スーパーで大量に買った食材のうち、ワインボトルを洗い忘れたまま冷蔵庫に仕舞っていたことに気が付いた。というか、洗ったか洗わなかったか、さえ思い出せなかった。ビールとか、ワインを一度取り出し洗い直すことになった。慌ててぼくはアルコール消毒剤のボトルに、「コロナ、忘れるな!」とマジックで書くことになる。まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、である。
マスクは忘れないし、手洗いも欠かさない。そういう重要な予防は今のところ忘れないで続けられているのだけど、ロックダウンが解除されてから、使い捨ての衛生手袋を嵌めるのをやめてしまった。理由はいつくかある。初夏なので、暑い。外に出ると、ロックダウン前の日常が戻っていて、高齢者以外はマスクを付けなくなりつつある。何かパリ中が気の緩み、油断の中にあり、真っ黒なビニールの手袋までしなくてもいいか、という気分になってしまった。まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、である。
ロックダウン中は、使用してない古い地下室のカギを常に握りしめ持ち歩いていた。これでドアコードを押したり、レジでカード精算したり、銀行でお金を引き落とす時に使ったりしていたのだけど、持ち歩くのがいつの間にか面倒くさくなって、最近は指先でコード番号を押している。もちろん、その後、手洗いは必ずしちるのだけど…。ロックダウン最中は神経質になっていたことを思うと相当に気が緩みまくっている。まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、である。
外出証明書もいらなくなったし、外に出ると暖かいし、みんな幸福そうに歩いているし、デパートもやっているし、そこにコロナがいるとは思えなくなっている。若い人はもうマスクを付けていないし、街角に人々が戻り始めているし、このままみんな普通に戻って行くのかもしれない。ロックダウン中に必死で買い集めた消毒ジェル置き場の中に、息子がやったのだろう、わさびのチューブが置かれてあった。息子を呼び止め問いただしたところ、もう、一週間も置いてあるのに気づかないの、やばいよね、と言われた。これは彼一流の皮肉だったのかもしれない。まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れる、である。