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退屈日記「2006年にこの世界を完全予言していた仏作家」 Posted on 2020/05/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、この下記の映像をご覧いただきたい。特に観ないでも構わないけれど、ようは、2006年に放映されたテレビ番組に出演した小説家が司会者や視聴者の前で、今日現在世界で起こってるコロナ危機を連想させることをそっくりそのまま喋っているのだ。彼女はそのために全身合羽が必要だと言うが、司会者たちは大笑いをし、誰一人信じていない。「あんたら、信じないかもしれないけど、そうなったら笑えないんだからね」と作家は言い続ける。まずは、このやり取りを以下に翻訳するので、読んでもらいたい。作家の名前はフレッド・ヴァルガス。詳しくは後述する。



司会者 「簡単に感染してしまうんですよね」
ヴァルガス 「そうです。その時、マスクなんてないのよ。わかるでしょ? 生産する体制の問題、必要な数の問題まで出てくるんだから。でも、パンデミックはおこる。ただし、全身合羽を作る時間はあるわ」

司会者は「あなたはこのための合羽を考案したのですね」

ヴァルガス 「ええ。マスクがあったとしても、ウイルスは目の粘膜からも入るからメガネもいるし、エアロゾルもある。人に会う時、咳やくしゃみをしたら3m、会話だったら2mは飛ぶのよ。エヴィアンのフェイシャルスプレーをかけているようなものよ。だから飛沫は私たちの体中に付着する。髪にも。風邪の原因の約60%はそうやって感染するのよ。カフェに行ってテーブルに手を置いて、マイクロ飛沫を拾うのよ。その汚い手で目を擦ったり、爪を噛んだりして・・・。インフルエンザのウイルスは3〜4時間空気中に滞在するし。自衛しないとならない世界が来る。政府なんてあてにしていてはダメなの、マスクがないのだから政府はキャランテンヌ(隔離)に入った人々を食べさせてはくれない。誰が食べ物をくれますか?回避しなければならないのは社会の崩壊です。感染症がやってきたら、3日間で私たちは野獣になる。それを知らなければならない。生きていかなきゃならないので1〜2時間の買い物をする時間はあるはずだけど、赤ちゃんみたいに『政府は何してくれるの?』なんて言ってちゃダメよ。いいこと、自衛しなければならない。政府は大したことできるわけがないのだから。タミフルなんてあてにしてもダメ。発症から48時間以内に投与しないとならないのに、間に合うわけないでしょう。だから、その透明の全身合羽を着て外に出る。透明のプラスチック製のものだけど、個性を出すことは可能だわ。中は裸だっていいのよ。全身合羽のいいところは、飛んできたウイルスをブロックする。飛沫は足元にもあるから合羽は足元までなければならない。あと、私は顔の部分もちゃんと考えたわ。(顔まで覆うものを彼女は想定しているようだ)1時間実際に試着してみたけど、口元にジッパーを2つつけるの。2つあると普通に呼吸ができた。5m先(虚弱体質の人は10m)に人が見えたら、ジッパーを締める。車のハザードライトみたいなものよ。いい、ロックダウンは1ヶ月は続くのよ!!」

司会者 「それで、いったい何人くらい死ぬの?」

ヴァルガス 「その合羽があれば死なないわ。なぜなら、(それで効果があがり医療深いを防ぐことで)病院にも余裕ができるわけだし」

司会者 「どこでその合羽は買えるの?」

ヴァルガス 「自分で作るのよ。私は妹と一緒に作ってる。なぜなら、マスクと同じく生産の問題にぶち当たるのだから。家で作れるように考えなければならない。背中に細いワイヤーを入れて、顔とプラスチックに隙間ができるよう設計しなければならないわ」

司会者 「買い物に出かけるだけなのに、それが必要なの? 宅配にした方がいいんじゃない?」

ヴァルガス 「そうよ。誰が宅配してくれるというのよ、マスクもないのに」

司会者「それは、その合羽を持っている人じゃない!?」

一同、大笑い。

退屈日記「2006年にこの世界を完全予言していた仏作家」



フレッド・ヴァルガス(Fred Vargas)はフランスの小説家、考古学者。1996年、『死者を起こせ』でフランスのミステリー批評家賞を受賞。2000年、『裏返しの男』で再度同賞を受賞。2004年にはアダムスベルグ警視シリーズ第三作Pars vite et reviens tard でドイツミステリー大賞を受賞。日本でも代表作「「死者を起こせ」他が、発売されている。

退屈日記「2006年にこの世界を完全予言していた仏作家」

これはつまり、今回のコロナ危機は予測可能だったということを物語っているのではないか。笑っている司会者は現代の政治家ということも言える。想像さえできなかった世界を予測することが人間には可能なのだ。政治家も経営者も私たち市民も、耳を傾ける訓練をしておくべきかもしれない。

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