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滞仏日記「ロックダウンの延長に驚かないフランス人」 Posted on 2020/04/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、日替わり当番シェフの息子が、カンボジア料理のロクラクを作ってくれた。生まれて初めて作ったというロクラクは、もちろん、ぼくも生まれてはじめて食べたわけだが、行ったことのないカンボジアの味がした、気がした。家にいて世界旅行が楽しめるので、料理って凄いなぁ、という話しから、いつもの父子談義がはじまった。
「ところで、ロックダウンが4週間伸びたけど、みんなどう思ってる?」
やはり子供たちのことが一番気がかりなので、息子に訊いてみた。
「だって、大統領が何を言うか、ぼくらはみんな知ってたから、驚かなかったよ」

滞仏日記「ロックダウンの延長に驚かないフランス人」



ロックダウンが4週間延長になったが、フランスの人たちは「予定通りやね」という感じで動揺などはしてない。うちの息子でさえ、数日前から知っていたし、情報がある程度、毎度のことだけど小出しに出ているような気がする。(気がする、だけです)
「知ってたんか」
「だって、感染者数も死者数もまだまだ高いのに、はい、終わりますってなるわけないでしょ? しかもね、ウイリアムもアレックスも、みんな、5月11日で解除になるだなんて、誰も信じちゃないよ」
「マジか」
「今現在、6千人以上も集中治療室にいる重症患者さんたちが、僅かひと月で0になると思ってるの?」
バカにするような口調なので、ちょっとムっとしてしまった。ロックダウンの一番の狙いは医療崩壊をできるだけ防ぐこと。集中治療室に入ってる人の数を減らしていくことにある。たしかに、この成果は出ている。ここ数日、上昇を続けていた集中治療室に入ってる人の数は増えず、横ばいが続き、しかも少しずつ減ってきている。つまり集中治療室に入る人が減れば、その分、死者の数も減っていくということだ。ベッドが余ってくれば、お医者さん、看護師さんへの負担も減る。このまま右肩下がりで集中治療室へ入る人が減っていけば、5月11日の解除も現実的になってくる、とぼくは思った。
「まあ、理屈だとそうなんだけど、でも、そう簡単にいくかな。でも、ここまで来たら、ちゃんと安心して外に出られるような状態を待ちたいよね。だから、大統領がいくら5月11日という日程を出しても、その時にどうなるかは今のところ誰にもわからないし。希望はあるけど、現実は厳しいんじゃないかな」
「でも、ロックダウンは必要だったと思うよ、パパは」
「あ、それは間違いないよ。そこはぼくもそう思う」
97%もの国民が政府の封じ込め政策を支持ている、というアンケート結果が出ている。フランス人が一丸となっているのがよくわかる。政権に不満のある人も支持者も、今は力を合わせてこの国難を乗り越えようとしている。



「5月11日から学校が再開されて、君が学校からコロナ持って帰ってきたら、パパが危険にさらされることになるね」
「そうだね。それは確かにちょっと心配している。パパ、若くないし、身体弱いし。ぼくがその媒介者になるのは嫌だな」
フランス人を一番驚かせたのは「解除と同時に学校が再開される」という大統領の発言であった。今、現在これほどの状況(感染者数10万超、死者数15729人、集中治療室にいる患者、6599人)なのに、4週間後、子供たち(保育園児から高校生まで)が学校に復帰できるものだろうか、想像がつかない。それが実現するとして、どのような安全策がとられるのだろう? 児童や学生はマスクを付けていくことになるだろうが、それだけの大量なマスクを僅かひと月でどうやってかき集めるつもりか? 大統領は「フランスでもマスクの生産を開始する」とは言ったが、一か月以内に生産ラインを整えられるだろうか?1200万人以上の子供たちがいるのだ。子供だけではない学校の先生たちもいる。わずかひと月で、そこまでのことが本当に出来るのか、確かにちょっと疑わしかった。でも、目途があるからこそ、昨日、大統領はロックダウンの解除とともに学校を再開させると言ったのだろう。はっきりとマスクを配ると言った。

「だからね、ぼくら高校生たちは誰も、5月11日にロックダウンが解除されるとは信じてないんだよね。仮に解除されても、学校の再開は遅れる可能性があるんじゃない?ウイリアムは9月からだろうと言ってたし、アレックスなんか年内は無理かもねって。大統領がああ言ってるのは、ぼくらにスケジュールを与えたいんだ。わかる?期日を出すことでみんなに希望を手渡せる。国民を騙してるわけじゃない、そこへ向かってるのは嘘じゃないだろうね。大統領の仕事は国民を結束させることだ。この今の厳しい状態を乗り越えることがまず大事なんだから、希望を見せなきゃ」
ぼくらの会話はだいたいこんな感じであった。いつもの通り、大人びた持論を展開してくれた息子よ、ありがとう。フランス語と日本語でのやり取りだから、ぼくが理解できなかった部分もあるけれど、要は、安心するのはまだ早いよ、ということのようである。。
「だいたい、パパはすぐに人を信じるでしょ?ぼくらはみんな様子を見てるだけだよ。支持率とかアンケートの結果は悪くないけど、そんなの一瞬でひっくり返るからね。そもそも、パパって、あいつはいいやつだって言うくせに、一年もしないうちに必ず、裏切り者めーって罵ってる。パパが悪いんだ。人を簡単に信じちゃだめだよ。その人がそう言ってることの背後にはいろいろな意味や思惑や仕方ない事情とか戦略が隠されている。それが政治なんだよ。ぼくは騙されたくないから、あらゆる想定をしているよ。じゃあ、ぼくは料理を作ったから、パパ、片付けね」

自分流×帝京大学