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退屈日記「STAYHOMEの楽しみ方」 Posted on 2020/04/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、外に出られないというこの状況がはじまって4週間が過ぎた。今夜、マクロン大統領がテレビ、外出制限のさらなる延長を発表する。噂だけど、結構、ハードになるらしい。気の緩みと暖かな春がフランス全土を包み込んでいるからだ。ロックダウンの成果がじわじわと出始めているので、ここで何とか封じこめたい政府の焦りが感じられる。今、一番の敵はこの美しくさわやかな季節の到来であろう。昨日は26度もあり、ジョギングしている人たちの軽装、中には水着で走っているような人までいて、とてもロックダウン下にあるとは思えない光景が広がっていた。ひと月が過ぎても封じ込めが終わらず、さらに外出制限を続けないとならない現在の状況、例年ならバカンスの時期でもあるわけで、我慢を続けている国民にとっては辛い。世界のどの都市も抱えている問題は一緒だ。夏までには終わらせてほしいけど、秋まで続くという嫌な噂も後を絶たない。

退屈日記「STAYHOMEの楽しみ方」



昨日、ジョギングから戻ったら、階段で、上の階のジェロームと会った。ジョギングウエアを着ている。ロックダウンが始まってから、初めて会った。4週間ぶりだったので、どうしていたの? と訊いてみた。
「実はこの建物から一歩も出てないんだ」
「え? ジョギングに出かけるんじゃないの? その恰好?」
「ああ、ぼくは毎日、この階段を利用してジョギングしてる。(うちの建物は5階まであり、ジェロームは5階で暮らしている)」
「買い物とかは?」
「全部、宅配で」
その時、思い出した。ジェロームのお嬢さんの一人が喘息だった。いつも夜中に咳込んでいて、辛そうだった。外で会うと元気なのだけど、夜になると咳込む。その子がコロナに罹ったら、とぼくは想像をした。ジェロームの一家が4週間、一歩も出ていない理由は娘さんの命を守るためのであろう。彼女だけが家にいればいいという病ではない。誰かが感染し、無症状で、家に持ち込んだら、…。ぼくは言葉が続かなくなった。ジェロームの家は僕のうちよりも狭い。一度、水漏れ事件の時に、家を見せて貰ったことがある。家族4人、そこから一歩も出ないで、これからさらにロックダウンは続くというのに、どうやって乗り越えて行くのだろう。けれども、持病を持ったお子さんを守るためには、完全な終息を待つしかない。
「だから、毎日、一時間くらい、ここを上り下りしているんだ。結構、いい運動になる。でも、うるさいだろ? すまん」
「ぜんぜん、聞こえないよ。大丈夫、いくらでも運動してよ」
「よかった。じゃあ、良い一日を」
そう言い残して、ジェロームは駆け下りていった。

4週間も家から出られないと、もう日付けというものに意味がなくなる。昨日は日曜日だったが、毎日が日曜日のようなものなので、この生活に慣れてしまったら、人々は社会復帰が大変だろうな、と思った。うちの息子は、だから、毎朝8時から夕方まで子供部屋を学校にたとえ、同じ時間割りで生きている。彼のあの真面目さに救われる。

退屈日記「STAYHOMEの楽しみ方」



昨日はツジノマスクを作って時間を潰した。気休め程度のものだけど、遊び心が浮かんで、結構楽しい暇つぶしになった。最近、息子が料理をしてくれるようになった。「出来れば一日置きに僕が作りたい」と申し出てくれたので、きっとそうなる。 夕方、キッチンを覗いたら、息子が何か作っていた。何かをこねていた。なに?
「今夜はチャパティだよ。ビールを冷凍庫で冷やしといたから、飲んだら?」
「お、すまねー。チャパティってなに?」
「メキシコのトルティーヤみたいなものだよ、中東あたりの。ミートソースとか、野菜とか、鶏肉とか挟んで食べるんだ」
「へー、うまそう」
といいつ、腹は壊さないだろうな、と息子のぎこちない手つきを見ながらちょっと心配になった。でも、かわいい子には旅をさせろ、という古い諺もある。なんでもかんでも、口出しをしちゃいけない。ここは我慢と自分に言い聞かせ、待つことにした。2時間後、パパ、ごはんだよー、と大きな声が室内で響き渡った。食堂に行くと、おお、すげー。本格的な中東料理が出来ていた。そして、めっちゃ美味い。ビールはぎんぎんに冷えている。
「次は、東南アジアのロクラクに挑戦しようかな」
すっかり、料理の楽しさを発見してしまったようだ。前回のチキンマサラもうまかった。チャパティは見た目普通だけど、本当にうまい。しかもヘルシーなのだ。次はロクラク、いいね、こうやって家庭内で愉しみを発見し、乗り切っていくしかない。
「レシピはYouTube?」
「イエス! STAYHOME!」
ぼくは、まだ幸せかもしれない、と思った。

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自分流×帝京大学

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