JINSEI STORIES
滞仏日記「今日は息子と政治談議。16歳が欧州のリーダーについて語る」 Posted on 2020/04/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今夜は手羽先を作って夕飯とした。息子と欧州のリーダーについての話となった。息子は大学で政治や法律を学びたいと言い出している。日本にいるフランス人特派員がマクロン政権を批判している記事を書いたので、そのことを話題にした。マクロン政権の姿勢がころころ変わると批判していた。すると息子が、千年くらい前の話しなんだけどね、と穏やかな顔で喋りだした。
「ぼくらみたいな父と子が旅の途中にある村を通過したんだよ。お父さんがラクダに乘って、息子はラクダの綱を引っ張って歩いていた。そしたら、村人がこう言ったんだ。子供を歩かせて、自分だけラクダに乗るだなんて、冷酷な父親だなって」
手羽先はカリッと美味しく揚がっていた。ぼくはそれを齧りながら、黙って息子の話しに耳を傾けたのだった。
「でね、次の村を通る時、父親が今度は綱を引っ張って、息子をラクダに座らせたんだ。そしたら、そこの村人が、その子に向かって、若いくせに歩きもしないで、年取った父親を歩かせるなんてけしからんって怒ったんだって」
息子が手羽先を掴んで食べ始めた。ぼくはビールをつぎ足し、ごくごくと飲んだ。
「でね、その次の村では二人ともラクダには乗らないで、たぶん、ラクダも疲れたからかな、二人でラクダを引っ張って歩いたんだよ。そしたら、そこの村人が、ラクダを利用しないで、歩いているこんなバカな親子は初めて見た、と笑い出したんだって」
「なるほど」
ぼくは口の周りが脂っぽかったのでティッシュで拭いた。
「人は言いたいことを言うってことだよ。ぼくはまだ16年しか生きてないから、よく知らないけど、でも、このような感染症を過去に経験した政治家は一人もいない。マクロン政権は40代が中心の若い人たちだから、なおさらだよね。どの政治家もはじめての難問にぶつかっている。もちろん、人の命が関わることだから、いい加減な判断も出来ない。その中では大統領は頑張ってる方だと思うし、今は足を引っ張る時じゃないと思う」
その通りだと思ったので、もう一つ、手羽先に手を伸ばした。
「少なくとも、ロックダウンはイタリアでもスペインでも成果を出しつつあるよね。フランスはピークに向かっているから死者数はマックスだけど、でも、集中治療室に入る患者の増加率がおさえられてきた。これは間もなく死者が減じるということでしょ?」
ぼくは頷いた。たしかに、少しずつ、ロックダウンの成果は出はじめている。
「これだけ危機的な状況になると、誰もがリーダーをバカ呼ばわりする。たしかにダメな人も結構いるとは思うけど、選んだのは国民だからさ、そのバカは自分に跳ね返ってくるよね」
息子は日本語とフランス語でこういうことをぼくに伝えた。辻家では時々、こういう政治の話しをする。もちろん、まだ16歳なので、偏った考え方を持っている。でも、時々、驚くようなことも言う。ラクダの話しは政治に関係なく思いあたることがあったので、思わず微笑みが零れてしまった。ナイスタイミングな話しでもあった。
「ただ、マクロン大統領にしても、フィリップ首相にしても、ドイツのメルケル、イタリアのコンテ、英国のジョンソン首相にしても、みんな力強い自分の言葉で国民に訴えているのは評価したい。医療関係者はどこの国でも怒ってる。この戦争の最前線が病院なんだから、政治も国民もそこを支えないと。でもね、反対勢力はどこにでもいるし、むしろ、そういう敵の心を掴まえられるリーダーであれば、と思う。ジョンソンさんがね、ずいぶん前のことだけど、発言のミスでマスコミに追いかけられたことがあったんだよ、パパ知ってる?」
「え? なに?」
「彼は田舎の別荘でマスコミに包囲されたんだ。で、彼はトレーに自分で淹れた紅茶を人数分載せて、半ズボンとトレーナー姿で出てきて、お茶でもどうぞって笑顔で差し出した。追及しに来たメディアの連中もあっけにとられて、笑い出していた。あのぼさぼさ頭、ぼくはあまり好きじゃなかったけど、そのエピソード以降、彼の考えに耳を傾けるようになる」
へー、知らなかった。メルケル首相も真摯な訴えが国民の心を動かし、支持率が急上昇、64パーセントに盛り返した。
「今、このタイミングで、この人たちがリーダーで欧州はよかったな、と思ってる。ぼくだったら逃げ出したくなるような毎日なのにさ、頑張ってるよ。真のリーダーは自分の言葉と国民想いの優しいハートを持ってる人だよ。今は、足を引っ張る方がカッコ悪い。ダメだったら、次の選挙で国民は選ばないでしょ。みんなで一丸になって、この綱渡りを成し遂げることが先決だもの。パパ、手羽先、美味しいよ」
「え? あ、ありがと」