JINSEI STORIES
滞仏日記「だれのためのロックダウンだよ」 Posted on 2020/03/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「誰のための人生だよ」というのは、昔、ぼくが母さんによく言われていた言葉だ。壁にぶち当たって悩んでいると、母さんがぼくの目の前に仁王立ちになって、「ヒトナリ、それは誰の人生だよ」とよく言われた。「それは他でもなか、自分の人生ったいね。ヒトナリ、自分のために生きたらよか」と言われ続けたので、今はその言葉をぼくはぼくの息子に手渡している。「息子よ、誰の人生だよ」とね。
ロックダウンが始まってから、毎日のように、日本のテレビの電話取材を受けている。番組によっては「経済のことを考えると、ロックダウンはもっと先の方がいいですよね」と念を押されることもあった。でも、実は、やるならばすぐにやった方がいいとぼくは思っている。フランスもそうだけど、イタリアやスペインを見てほしい。ああなってからだとロックダウンの効果がなかなか出ない。(フランスも2週間といって始まったロックダウンが、6週間に伸びるという話しが出ているし、まだまだピークは先)フランスやドイツはイタリアの11日後を追いかけている状態だとも言われている。その後方に日本がつけいるのかもしれない。
フランスの感染症の権威が数日前に「ぼくらはこのウイルスを侮っていた。ここまで凄いウイルスだとは思わなかった。欧州の医療レベルであれば勝てると思っていたのに、すまない」と番組で謝罪をした時、背筋が凍りついた。ご存じのように、フランスにはパスツール研究所などがあり、感染症の権威が集結しているのにだ…。イタリアやスペインから届く、病院の映像が凄まじい。医療崩壊を起こしているので、ゴホゴホと咳込む患者にはベッドが回らず、みんなタオルみたいなものを敷いて廊下で寝て待っている。(要するに、ロックダウンをしなければ、感染爆発が起こる可能性が高くなり、そうなると、医療崩壊を招いてしまう)そういう映像を見た直後に、日本のテレビで、「どうなんすか? やっぱ、そちら大変すか?」と質問されたりすると、バカでかいハサミで切断されたみたいに、頭の中が真っ白になる。
「メディアがあおり過ぎるから。メディアがバカなんだ」というネット記事をちょっと前に読んだ。こういう人たちは間違いなく、事態が急変すると「だからぼくは最初からすぐにロックダウンやるべきだって言ってたんですよ」と言い出すに決まっている。メディアが深刻な各国の状況をどんどん伝えたらいい。もしかすると日本人は衛生的だし、真面目だし、統率力があるから、ロックダウンをしなくても、感染の速度をある程度おさえられる可能性もある、かもしれない。ならば、それでいいじゃないか。ぼくが謝って済むなら謝る。しかし、その反対だった場合、「あの時こうしていればよかった」となっても、亡くなられた方々の命は戻らない。ぼくは「やり過ぎくらいがこの新型コロナにはちょうどいい」と思っている。備えあれば患いなしという日本語を忘れちゃいけない。
東京でも今週末の外出の自粛要請が出たようだが、フランスで外出制限(ロックダウン)が発令される直前、たぶん、その前日だった思うが、幼いお子さんの手をひく若いお父さんがテレビカメラに向かって「この病気はお年寄りが重篤化する病気だから、ぼくやうちの子たちにはあまり関係ないですね」と言った。スタジオにいた医者たちは呆れかえっていた。日本でも、もしかすると今週末、一部の人たちは「関係ないっす。めんどくさいっす」というムードになるかもしれない。でも、今日、フランスではパリ近郊で16歳の女の子が、イギリスで21歳の健康な女性が死亡した。決して、若ければ重篤化しないというわけではないのだ。
たとえば、フランスで外出制限が出た日、3月17日の感染者数は7730人、死者178人。ちなみに、その約1週間前、3月11日の感染者数は2281人、死者が48人であった。なので、1週間で約3倍の増加となる。日本は3月26日、昨日の死者数が47人(クルーズ船、10人)。外出制限が出る1週間前のフランスの死者数と日本の昨日の死者数がほぼ同じということになる。ちなみに、外出制限がはじまって10日目のフランスの感染者数は、29155人、死者1896人である。イタリアとフランスはほぼ同じ増加率で推移している。日本の今日までの死者数とフランスがロックダウンをする1週間前が同じだということは、…。
次はアメリカが危険だとぼくはちょっと前にこの日記で騒いだが、本当にあっという間に、米国は中国とイタリアを超え8万2千超(ジョンズ・ホプキンス大集計)の感染者数となった。この増加率は、凄まじい。ぼくの想像を超えてアメリカは一気に本当にやばいところまで来てしまった。日本は、ロックダウンを後ろに後ろに伸ばした場合、どうなってしまうだろう。経済をなんとかしなきゃ、というのは当然だ。でも、命とお金とどっちを優先するのかということだ。国民ファーストにも様々な選択肢があるだろうから、専門家の意見に耳を傾け、的確な判断が下されることを祈りたい。ロックダウンは大変だけれど、実は、必要以上に恐れることもないのである。ロックダウンは、他でもない、国民の命を守るために今できる最大の方法なのだから。皆さんを守るために国は正しい判断をし、皆さんは皆さんで頑張るしかない。早め早めのパブロンという宣伝があったが、早め早めのロックダウンに置き換えてみればわかりやすい。咳をしてからでは間に合わないのがCOVID-19の恐ろしさだ。今のところ、他に選択肢はない。84歳の母さんが言った「誰のための人生だよ」という言葉をしっかりつかんで、ぼくは外出制限が解除されるまで、おとなしく家にいるつもりだ。