JINSEI STORIES
退屈日記「パパ、今日はぼくがランチを作るから、休んでて」 Posted on 2020/03/21 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、フランス全土の外出制限がはじまって五日目。ぼくはたまに買い物に出ているが、息子は一切外出をしてない。いまだ外出をする若者がいることを「だからフランスはダメなんだ。自分たちは重症化しないからいいけど、お年寄りの人たちのことを考えてない」と息子君は激怒している。その通り。すると、今朝、息子がやって来て、
「パパ、今日はぼくがランチを作るから、休んでていいよ」
と言われた。
「何を作るの? なんか材料、買ってくるか?」
「いいよ。冷蔵庫にあるもので作れるものを作る」
ホホッ、頼もしい。ということで二人で冷蔵庫をあさりに行った。高菜、豚の薄切り肉、キムチがちょっと、卵、玉ねぎ、ネギなどがあった。で、ここで、父親としてちらっとアドバイス。
「高菜豚キムチ・チャーハンがよくない?」
「いいね、納豆ある?」
「冷凍庫に一つ残ってるよ」
「じゃあ、納豆、高菜、豚キムチチャーハンはどう?」
「完璧」
ということで、親としては包丁で手を切られたり、ガスコンロ周辺がボヤになると困るので、監視、兼、指南役で付き添うことにした。二人でずらっと材料を並べてみた。息子のプライドをへし折らないように、なにげなく油とか醤油とかの投入のタイミングを教える。だいたい料理というのは慣れてないと慌てるので、なにげなく調味料などを横に並べて置いた。使うも使わないも、従うも自分流でやるのも自由。
「パパ、中華の調味料とかは使わないよ。ぼくはシンプルなのがいい」
「了解。じゃあ、dancyuの植野編集長がくれた塩昆布があるから、それをダシ代わりに使えよ」」
と、棚から塩昆布を取り出し、まずは味を知ってもらうために食べさせた。塩分と海の香りが素晴らしい。実はこういう寄り添えるものが一つあると料理に柱が立つ。
「ああ、これはいいね。じゃあ、これ使う。あとはニンニクと生姜だね」
「イエス、すりゴマもあるよ」
可愛い子には旅をさせろというが、コロナウイルスでもう暫くはどこにも旅は出来ない。でも、人生はいくらでも自分次第で、どこであろうと、面白く楽しく生きることが可能だ。料理をしたことがない人ならば、料理をしてみたらいい。これを読んでいるお父さん、ぜひ、キッチンを旅してみて。そこには広大な世界があるんだよね。
まず、ニンニクを潰し、生姜をみじん切りにして、油で軽く炒め、香りを移したら、玉ねぎとネギをしなんりするまで炒める。この辺は、小さな声で耳打ちをする。あくまでも息子が思うようにやるのが一番。しかし、順番とか、火力とか、味加減というのは間違えると台無しになるので、最初から失敗させないたいめに、さりげなく指導する。手つきは悪くない。包丁の持ち方などは幼い頃から教えているけど、調子にのると怪我をするので「はい、そこ注意、そこそこ注意~」とその都度声を出す。玉ねぎのカットの仕方などは家庭によって千差万別だが、父ちゃんのやり方を伝授。父ちゃんの技が息子を通して彼の家族の味の基本となる。素晴らしいことじゃないか! ぼくが死んでも辻家の味は受け継がれていくのだ。その味は、ぼくの母の味でもある。
肉に火が通ったら、塩昆布、納豆、キムチなどを入れ、最後に醤油、ごま油、お酒などで風味をつけ、塩胡椒でしめたら、半熟の目玉焼きを載せて完成だ。絶対忘れてはならないのは、「よくやった、美味そうだ」という一言である。テーブルに運んで、試食となった。いや、実に美味かった。お世辞抜きに、世界一のチャーハンだった。外出制限下にある辻家だが、このように、たくましく生きている。噂では外出制限が4月いっぱい続く可能性もあるという。どのような状況になろうと、辻家は屈しない。絶対にコロナには負けないという覚悟でぼくらは生き抜いている。日本の皆さんも、在外邦人の皆さんも、頑張って!
そして、これが息子が作ったチャーハンなのである。