JINSEI STORIES
退屈日記「外出制限を大いに楽しむ方法」 Posted on 2020/03/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、全土の休校、全土の外出制限、全土のカフェ、レストランなどの閉鎖状態にあるまことに静かなパリで、ぼくは息子とこのなかなか経験できない生活を満喫(?)中である。考えてみれば60年も生きてきて、はじめての経験なのだ。しかし、外出制限は世界規模で飛び火していて、アジアや米国の一部の地域など、このウイルスのせいで、世界は閉ざされつつあるのも事実だ。地球全体が外出できなくなると大気汚染はなくなるから、地球にとってはいいことで、コロナは地球の差し金説というのをぼくは隠し持っている。それにしても、まだ16年しか生きてない息子は、こういうことも起こりえる世界に今自分たちは生きているのだ、と早々と認知している。どんな世界であろうと人類はたくましく対応していくのだな、と息子の認識の早さを見ながら思った。
その息子君、先ほど、
「パパ、外出もできないのは僕らのせいじゃないけど、この若さで家から出られないのは可哀想だと思うでしょ?」
とにやにやしながら近づいてきた。
「まあね、可哀想だけど、なんで笑っているの?」
「いいアイデア思いついたんだ。ネットフレックスを家族で契約するチャンスだよ。ほら、今だと家族三人までが見放題で11ユーロ月額で加入できる。とりあえず、一月入らない? そうすることで僕は可哀想じゃなくなる」
ぼくは笑った。やられた、その通りである。ネットフレックスは加入者を増やしていることだろう。きっと日本でも同じ状況かもしれない。感染拡大でレストランなど、大変なところもあるだろうに、逆に人々が家から出れないことで利益を上げている企業もあるのだろう。とりあえず、スーパーは大儲けだ。そこしか開いてないのだから、食べものを買いに行くのが一番外出許可が出やすいので…。
上の階のジェロームのところには犬がいる。外出制限で面白いのは「犬の散歩は一匹に対して一人の同伴がゆるされている」のだ。それを利用して、ぼくも散歩させてもらうことにしたし、息子も散歩すると言い出した。下の階の人たちもやりたいということなので、わんちゃん、くたくたになるね、と昨日の夜、マクロン大統領の国民に向けた全国放送の直後、階段に隣人が集まって、盛り上がった。わんちゃんは間違いなく、外出の機会が増え、いつもよりも長い時間、散歩出来ることになる。犬は大喜びかもしれない。
ところで、これがフランス政府が発行した外出証明書である。これをダウンロードして、目的を書き、外に出る時は携帯していないとならない。逆を言えば、そうしていれば外出できるということだ。「買い物」とか「病院に行く」とか「郵便を出しに行く」とか、空欄を埋めておけばOK。で、今日のヤフーニュースで各メディアが強調していた「罰則」だけど、もし、なんらかの違反をした場合、38ユーロ、5千円程度の罰金(最大、135ユーロ)を払うことになるのだけど、イタリアの方が数倍高いし、刑務所入りとか書かれてあった。それよりは軽い。だいたい、外出証明書を持っていれば問題なさそうだし、店はどこも開いてないのでそもそも出歩けないし、今回の措置はやはりちょっと国民に厳しい対応をとることで感染を抑え込もうという作戦なのだ。(ただし、それでも外出者が増える場合、罰金などが高くなるという噂もある)というのか、パリジャンたちはみんな田舎の家にすでにエクソダスしてしまっており、どこも閑散としている。ぼくらは別荘持ってないので、パリに残るけど、田舎に家がある人が羨ましい。
デザインストーリーズの新世代賞の第二回グランプリ、立花君も副賞の留学制度を利用して、うちから近いところで下宿生活をしているので、時々、ごはん食べさせたり面倒をみているが、彼は帰国が早まった。外出制限がかかっても、日本に帰ることはできるみたいだし、飛行機も飛んでいる。せっかく、留学する機会を得たのに、可哀想だけど、日本に戻れるだけでも良かった。彼はこの留学中に、店舗を設計するチャンスをゲットしつつある。ここで学んだことが人生に大いに役立つはずだ。携帯をタクシーに忘れたり、いろいろと迷惑をかけられたが、新世代の飛躍に関われてぼくも嬉しかった。
ともかく、あと3時間後から、外出が制限される。それを前にパリの人々は既に新しい世界とどうやって向き合うかを考え始めている。そういうところはラテン民族だから、明るい方へと物事を考えるので、暗くならずに済む。僕は作家なので、こういう機会に人間にどういう心理が起きるかなどを研究してみたい。滞仏日記は暫くのあいだ退屈日記になる。退屈の中にこそ、人生があるのかもしれない。どんな状況でもその中で、生きていくのが人間だ。たくましく生きて行きたい。イタリアの人たちが窓を開けて、みんなで体操をしている映像とかが世界中で流れて、イタリア人のポジティブさが心を打った。息子に、お前も窓をあけて、ご近所さんに運動やりませんか、と声かけたらいいじゃん、と背中をぽんと叩いたら、軽く肩を竦めて、鼻で笑われてしまった。息子は、まるでフランス人みたいであった。
さて、三時間後、フランス全土で外出制限がはじまる。