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滞仏日記「月曜日からフランス全土の学校が休みになる」 Posted on 2020/03/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリが想像以上に大変なことになってきた。いろいろとあったので、今日の時系列に沿って、まとめておきたい。

ニコラから連絡がないなぁ、と思っていたら、「ニコラだよ」と電話がかかって来た。どうしている? 元気かい? と訊いたら、
「ぼく、コロナウイルスって大嫌いだよ。怖いし、つまらない。学校なくなっちゃうかもだ」
と言った。いきなり言われたので、思わず噴き出してしまった。ニコラのお母さんが電話口に出た。長女のマノンちゃんの学校で、6人が感染の疑いがあって、一部のクラスが閉鎖になっているという。
驚いて、感染の疑いとはどういうことですか、と訊くと、
「つまり、風邪なんだけど、コロナかもしれないでしょ?今は風邪をひくと、ジェネラリストの先生から、学校に二週間行かないように、と指示され、薬の処方箋が出されてしまうの。だからみんな自宅待機。だからといって、PCR検査をするわけじゃない。みんなが病院に押し掛けると、病院が大変になるから病院に行っちゃいいけないんです。中には親も一緒に会社を休まされているケースもある。でも、怖いでしょ? 風邪じゃないかもしれないので、みんな戦々恐々としています」
と言うのである。おちおち風邪もひいてられないね、という話になった。今、パリで風邪をひいたら、コロナを疑われる。学校も会社も二週間休まないとならない。と、この時、マクロン大統領が今夜20時から国民に向けて重大な演説を行うという情報が携帯に飛び込んだ。何かが決まったな、とぼくは思った。

滞仏日記「月曜日からフランス全土の学校が休みになる」



午後、ローマに住んでいる友人のアントニオに電話をしてみた。
「会社に行かなくていいから、家のことばかりしているよ。この不意の休暇を利用して、今は壊れた棚を直してる」
とのんきなことを言った。
「心配しているんだよ」
「でもね、逆に、封鎖されたことで、みんなちょっと安心してたりもする。この国全体の隔離が過ぎれば、元の生活へ戻れる可能性があるわけだからね。封鎖がなければ、ずっとびくびくして暮らさないとならない。ママなんかさ、第二次世界大戦よりはぜんぜんいいよね。食料もあるし、爆弾は落ちないしって言ってるんだから。でも、言えてるかも」
なんだか、拍子抜けしてしまった。
「イタリア人はラテン気質だから、みんなこんな調子だけど。でも、封鎖の影響は結構あるよ。スーパーに行くのも、一人しか行っちゃいけないし、入場制限されているから順番待ちしなきゃならないので、それが大変だ。行列は前後の人から一メートルの間隔を開けなきゃならないので、ものすごく長い行列になってるんだ」

夕飯の準備をしていると息子が帰って来たので、どうだった、といつものように聞いたら、
「うちの学校でも出たよ、コロナに感染した子」
と言った。
ぼくは驚き、マジか、と訊き返した。
「学校からパパに連絡が行くはずだけど、日本みたいに休校にしてほしいよ」
「休校にならないの?」
「今は、コロナになった子のクラスだけ学級閉鎖になってる。でも、今すぐにパリ中の学校を休校にすべきだと思うけど」
息子が腕組みをしながら、小言を言い出した。
「マクロン大統領が20時から何か言うみたいだよ」
「もしかすると、そのことかもね」
フランス政府はずっと休校には慎重だった。学校だけを休校にしても効力が弱い、という意見だったと思う。しかし、フランス政府が考えていたよりも速い速度で欧州全域へ新型コロナの感染が拡大しているということだろう。
「だって、感染した子は食堂にもいただろうし、廊下を歩いていただろうし、どこかですれ違っていたかもしれない。それに、もっといるでしょ? 他の学校でも出ている。一人出たら、その子の周辺はみんなかかっている可能性がある。その子の親が感染源らしいけど、それくらいパリはやばい状態なんだよ、パパ。休校にならないわけがないんだ」
ぼくは慌てて、息子に嗽と手洗いをさせた。
「学校からパパにメールが入るはずだから、チェックしといてね」
と息子が言った。



そして、午後、20時になった。テレビをつけると、マクロン大統領が、フランス全土で月曜日から、保育園から大学まで、全ての学校を休校にすると宣言した。あらゆる専門家の意見を検討した上での選択であると説明し、国民に理解を求めた。

※細かい内容はマクロン大統領の演説を分析して、後程、「パリ最新情報」でまとめます。

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