THE INTERVIEWS
フランス発”SAKE”、WAKAZEが欧州に吹かす一陣の風 Posted on 2020/03/06 辻 仁成 作家 パリ
今のままでいいのか、と気が付いた若者たちが、なぜかパリで日本酒を造り、売り出しました。フランスのお米100%でフランス産の日本酒を造ろうと、パリ郊外に大規模な醸造所まで建設してしまった、野心ある若者たちの秘密に迫ります。経済が低迷しはじめた日本から飛び出し、異国で新たなチャレンジに挑む若き日本のサムライたち。彼らの行動には光りが感じられます。
ザ・インタビュー、フランス生まれの日本酒で勝負をかける新世代「WAKAZE」に迫ります。ベンチャーを目指す若者たち、必読だよ!
辻 まず、どうしてパリで日本酒を造ろうと思ったのですか?
稲川 琢磨氏(以下、「稲川」敬称略) もともとお酒とは関係ない仕事をしていたのですが、フランスには10年前に学生として住んだ事がありました。慶応大学からの交換留学生として、パリ郊外で2年間エンジニアリングの勉強をしていました。今、蔵がある場所の近くに学校があって、その学校の近くに住んでいたんです。ちょうど東北の大震災がある1年くらい前です。
辻 なるほど。それでは、フランスやフランス人がどんな感じか、ということはその時にすでに勉強できていたわけですね。
稲川 そうですね、僕はフランス人というか、彼らの考え方とか反応とか、すごく好きでした。
辻 エンジニアといっても幅広いですよね。いわゆる、工業系の専門職という認識で良いのですか。
稲川 そうですね。僕のやっていた「流体力学」というのは、水の流れとか空気の流れ、新幹線とか車とか、それが専門でした。マスターまで出たんですけど、ちょうど留学から帰る年に震災があって、当時は原子力のエンジニアになりたかったのですけど、それは将来性がどこまであるか疑問に思うようになって。
辻 そこから方向転換することになるんですね。だけど、そこから日本酒造るまでの道のりって随分長い気がするんだけど(笑)。中々、話がそこに辿り着かないけど…
稲川 すいません。で、そのあと、外資系のコンサルタント会社に一旦勤めて、経営コンサルタントの仕事を学びました。それもすごくエキサイティングだったんですけど、やりたいことがないから就職したという気持ちがどこかにあったんですよね。
辻 まだまだ日本酒に繋がらないね(笑)。
稲川 会社を起こして事業を創るにあたって、2本の軸があったんですが、まずは、実家が製造業をしていて、祖父が立ち上げた会社なのですけど、カメラのレンズをつくっていて、小さい頃から工場によく出入りしていました。日本のモノづくりに興味があったんですが、父親の代でカメラがiPhoneにやられて、苦しんでいる姿を見た時に、日本のモノづくりが危ないと感じたんです。日本はとても良いものが作れるのに、どうしてこんなに苦しむのか・・・、と。そこがマーケティングなのかなと思いました。もう一つは、「フランスで何かしたい」とモヤモヤしている時に、たまたま父が行きつけのお鮨屋さんに連れて行ってもらって、そこで飲んだ日本酒に感動してしまったんです。
辻 コンサルタント会社に入ってすぐの頃ですね?
稲川 はい、もともと長く勤めるつもりはなかったんです。とても大変な仕事で、週100時間くらい働いていて、もう修行だと思っていました。その間も好きなことを仕事にしたいという思いをずっと秘めていて、自分で起業したいという思いが強かったですね。
辻 そこからどうなるのでしょう。
稲川 お鮨屋さんで日本酒に感動して、2014年の12月だったと思うんですが、飲み会で友達と集まった時に、僕は一枚のスライドを持って行ったんです。それが、「フランスで酒を造りたい」という事業計画のようなものでした。その場所で出会ったのが、今、WAKAZEの製造を担当している今井です。彼の実家は酒蔵で、でも末っ子なので実家を継ぐ必要はなくて、ぜひ一緒にやりたいと言ってくれました。今井は東京大学の大学院出身ですが、彼もちょうど何かやりたいと考えている時だった。
辻 すごい縁ですね。今井さんは東大を出て杜氏になったんだ。
稲川 そうです(笑)。
辻 東京の三軒茶屋にもお店があるそうですが。
稲川 フランスで事業を立ち上げるまでのステップとして、まず日本で事業を立ち上げて資金集めをしないといけませんでした。それで、山形まで行ってある酒蔵の門を叩いて、お酒を造ってもらって売るという、プライベートブランド事業みたいなものを始めました。それが軌道に乗るまでは僕一人でその仕事をしていて、その間、3年くらい今井には酒蔵で技術を学ぶ修行をしてもらっていました。軌道に乗り出して、もう一歩必要だと思った時に、今井に戻ってきてもらって三軒茶屋に酒蔵を立ち上げて、蔵併設のレストラン事業も始めました。2018年夏のことです。
辻 つい最近ですね。それはなんという名前のお店?
稲川 Whim Sake and Tapasというお店で、whimっていう英語の「思いつき」という言葉を使いました。醸造所も兼ねているので全国に日本酒の出荷もしています。軌道に乗ってきたので、そちらは日本のスタッフに任せて、僕と今井はフランスの事業に力を入れることにしました。今現在はフランスの事業が日本での事業よりも人数的に多くなってきています。
辻 フランスではいつ会社を起こしたのですか?
稲川 2019年の3月に会社を起こして、5月から工事を始めて11月に蔵が完成しました。規模的にはWAKAZEはヨーロッパで一番大きい酒蔵なんです。タンクでいうと大きいサイズのものが12個あります。
辻 へー、そうなんですね!? タンクはどこから持ってきたんですか?
稲川 タンクはワインのメーカーから買いました。一部だけ特注しましたが、ほとんどワインのものを使ってます。
辻 それで賄えるんですね。問題ないですか?
稲川 全く問題ないですね。基本的にはワインも日本酒も”発酵”なので、本質的には変わらないです。麹作りの部分だけは米から麹を作らなければならないので、そこは日本人の施工会社に頼んで作ってもらいました。
辻 その酒蔵がある場所というのはパリからどれくらいの場所なのですか?
稲川 車で40分くらいですね。
辻 蔵が完成したのが去年の11月。じゃあ、僕が試飲させてもらったのはWAKAZE第1号ということですね?
稲川 そうです。2020年1、2月で6000本出荷しました。
辻 それはどういうところに出荷されたのですか? ルートを見つけたり、大変だよね。
稲川 3分の2くらいは日本のお客さんですね。日本全国に150店舗の取引店がありますので、そこにまず、コンテナで送っている最中です。残りの3分の1はヨーロッパです。今、パリ市内のレストラン、販売店含めて35店舗で販売しています。
辻 日本に逆輸入しているわけですね。僕が実際に飲んでみた感想をいうと、ちょっと甘酒のような感じがしました。
稲川 そうですね、結構甘めに仕上がっています。フランス人は辛口より甘い方が好きみたいだったので。
辻 うんうん、きっとフランス人のレストランとかビストロで受けるんじゃないですか?
稲川 今は3分の2が和食レストランなんですけど、これからどうやったらフレンチレストランやクラフトビール、ナチュラルワインのお店に進出できるのか検討中です。
辻 むしろ、フランス料理にあいますね、きっと。こちらのワインでいうと、ソーテルヌ系かな…。フォアグラなんかに合うんじゃないかな。
稲川 おっしゃる通りですね。あとはチーズ。
辻 特にブルー系のチーズとか、味の濃いチーズにすごく合うと思う。
稲川 はい。ゴルゴンゾーラとか、エポワスとか、すごく合います。
辻 いわゆる日本のお酒と比較すると、WAKAZEは単体で飲むというよりは、このお酒に合わせて食べるものとのマリアージュで楽しむお酒という感じがしますね。
稲川 一応、会社を始めるときに「洋食とペアリングできる日本酒」というのを打ち出して始めた会社なので、そこはすごく意識しています。今はひたすら地道に営業している段階です。
辻 反響はどうですか?
稲川 なかなか良いですね。そこにはおそらく2つ理由があって、1つはフランス人の口にうけやすい。もう1つは、価格です。価格についてはとても意識していて、常にアクセッシブルでありたいというのがあります。広めたいので、値段が高いと広がらない。なので、今、レストランで飲んで頂く場合、日本酒の平均は一杯10ユーロくらいなんですけど、WAKAZEはだいたい一杯5、6ユーロに設定しています。ボトル一本(750ml)の店頭価格は18ユーロ税込みです。日本から輸入された日本酒の半額くらいで買えるイメージですね。ワインと同じくらいの値段というのを意識して値段設定しています。
辻 それは安いですね。それで大丈夫なんですか?
稲川 大丈夫です。なぜ大丈夫なのかというと、フランスのお米を使っているというのもあります。フランスは農業大国なので、美味しいお米がたくさんある。WAKAZEはカマルグ米を使っていますが、日本米との大きな違いは米をほとんど磨いていないことなんです。日本米は50%くらい磨いていますが、うちが使っているお米は5%しか磨いていないので、そこにタンパク質と脂質があります。なので、香りや旨みが出やすいですね。ただ、かなり造りにくいのですが、杜氏の今井が彼の技術でカバーして造り上げているというのがWAKAZEの特徴です。自分自身、お酒はワインから好きになったので、ワイン好きな人の舌に好かれるお酒を作ってみたいと思っています。実際に、ワイン酵母を使ったりもしています。
辻 あの味の違いはそこにあったのですね。なんか刺々しいというか、ワイルドな感じで口の中での存在感、主張がすごかった。大胆な発言で恐縮ですが、もしかすると、日本酒として売らない方がいいんじゃないの?
稲川 まさに、S・A・K・E、”サケ”で売っていこうと思っています。実はWAKAZEは「日本酒」とは言っていないんです。新しいジャンルのものとして売っていきたいと思っています。
辻 それはいいかも知れないね。WAKAZEの今後について教えてください。
稲川 今後、ロンドンとミラノ、ベルリンにもWAKAZEの展開を始めることが決まっていますね。どうやって収益をトントンに持っていくか、地道にベースを作って、仕掛けていきたいと思っています。2020年6月には、WAKAZEを知ってもらう場所を作りたいと思って、レストランもオープン予定です。何事も、キッカケがないとうまくいかないので。シェフは日本から連れてきたのですが、彼は長野で料理人をしていて、もともと楽天で働いていて料理人に転向したという人なんです。1年くらい口説いてきてもらったんですけど、和食をすると言っていたのにビストロをしたいと言い始めて悩んでるんですよね(笑)。
辻 いきなりフランス人のビストロと戦うの? シェフ、無謀ですね。でも、野心があっていいけど(笑)。あっと驚く組み合わせとか面白いかもしれない。赤坂にシャンパンと餃子の店というのがあるんだけど、そういう感じ。その点では、フォアグラと日本酒、チーズと日本酒とかってとってもいいよね。
稲川 和食をベースにしてお客さんを作ってから、辻さんがおっしゃられるように、ネタ的に今月はこの組み合わせ、というように打ち出していくのはアリかなと思いました。
辻 1年口説くくらい凄い腕の人なのですもんね。
稲川 彼は頭の回転もすごく早いんです。神戸大学を出て楽天に入った人で、レシピも一気に100くらい考えてしまうような人なんですよね。
辻 あの、今日わかったことは、WAKAZEって、高学歴のお坊ちゃん集団、なんだね(笑)。ごめんね。メンバーが慶応、東大、神大出身。それで、なんで日本酒? となるのだけど、日本酒というのを中心に置いて、飲食全体のビジネスモードを考えていくというのはとても興味深い。日本の伝統を君たちがどう世界に持っていくか。文化の化学変化みたいなものを、WAKAZEが、和の風としてやれば、成功の可能性は十分にあるよね。あと、やっぱり勢いがある。次々と展開を考えて、僕らの世代にはなかなかできない。怖がらずにどんどん投資をしていくって、やはり勉強していないとできないことだし。
稲川 ありがとうございます。経験しながら勉強しているというところもあります。リスクをとって、レストランや醸造をやってみたらわかったことがたくさんあって。大変なことというのはやってみないとわからないですから。本を読むより全然意味のあることだなと思いました。
辻 ベンチャーキャピタルや投資家の皆さんも、 ”文化への投資”という感じですね。
稲川 そうですね。いきなりグローバルに行こうというところにも共感を持ってくれる方が多いです。日本で頑張ろうという前に、いきなり海外に進出していくという。僕は常に、新しいジャンルを生み出したいと思っています。クラフトビールバーというのが最近流行っていますが、そういうのをお酒でもやってみたい。あとは、どぶろくを出したり、酒でカクテルを作ったり、日本酒というものをよりキャッチーでアクセッシブルなものにしていきたいと思っています。僕は辻さん作品を小さい頃に勉強した世代ですが、前回のライブに行かせてもらって、言葉で人を動かせるってすごいなと思いました。自分も人の心を動かせるお酒を作りたいと思っています。
辻 そういうこと言われると恥ずかしいんだよね。僕は応援してますよ。頑張ってください!
posted by 辻 仁成