JINSEI STORIES
滞仏日記、続き「皆さんのコメントを読んで僕が静かに感動したこと」 Posted on 2020/02/18 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、日記を公開した後、寝てしまい、変な時間に目覚めてしまった。中央公論から依頼された「新型肺炎」に関する記事の続きに向き合う前に、アップした日記に対するコメントに目を通した。多くのコメントが寄せられていてちょっと驚いた。その一つ一つが長く、深いものばかりだったので、思わず頷きながら、読み入った。ただの日記なのだけど、いろいろな場所で「読んでいます」と言われることが増えた。日記に時間を割かれ、他の仕事が出来なくて正直困っているが、やめるにやめられず、これも大事な自分自身の役目なのだと思って続けている。やはりこのようなコメントが戻ってくることは書き手として嬉しいし、励みになる。シングルファザーの大変さを皆さんと共有しながら、海外、とくにフランスで生きる父子家庭の日常を描くことは、今のように世界が彷徨い、閉ざされていく時代に必要なことかもしれない、と自分に言い聞かせながら、毎日、大げさにいえば24時間体制で頑張っている。皆さんの日常にこのデコボコ父子コンビが、ささやかな光りをフランスから届けられているのであれば、やりがいもある。
息子は大学進学という問題を馬鹿正直に受け止め悩んできた。学校から進路を決めろと言われても、自分の人生なのだから安易に進路は決められないと悩み続けていた。そもそも進路というものが16歳という年齢で決定されてしまっていいのか、と彼は疑問を抱えていた。その試行錯誤の中で、彼は本当の意味での自分の将来を決めたいと思うに至った。高校生でストリートファッションの会社を興し、大学を卒業するまでの間にそれを軌道にのせるべく仲間たちと手を組んだ。昨日はそのプランを全て聞かされたし、デザインや課金の仕組み、起業するためにやるべき法律的問題などで悩んでいることも打ち明けてきた。
その上で、なぜ、ぼくが両手ばなしで息子を応援出来ないのかというと、第一に彼はまだ未成年者だということだ。その責任はぼくも一緒に背負わないとならない。それは構わない、しかし、大勢の人を巻き込む、ここが問題である。彼が考えたプランは相当細かい部分まで練り込まれたものではあるけれど、理想と現実の壁というものが聳えている。そう簡単に船出してしまえる問題でもない。実際にかかるお金は想像しているものよりは遥かに大きいだろう。彼の周囲からすでに大勢の参加希望者が出ているようだけど、失敗をすると仲間たちを裏切ることになる。フランスは18歳で成人になる。そこまで準備をして、起業するのが無難かもしれない。何事も準備期間が必要なのだから、ぼくが安易に唆すこともできない。親としての立場、そして、経験者としての立場からぼくは息子を支援していかないとならない。失敗も人生には大事な経験なので、今は若さを信じてやればいいとは思う。でも、ならば、親として、その最初の壁になってあげることが大事だと思った。遮るものを自力で、理論武装で、やる気で、乗り越えられなければ息子は本物にはならない。そのようなことを最終的に二人で話し合った。その上での船出なら、応援する。
子供たちが学校や国に指導されて将来を考えるシステムの中で、こういう風に生きなさいというレールの上を進むだけではなく、経験はないけれど新しい感性でしかできない仕事を自分らしく見つけることはとっても素晴らしいことだと思う。皆さんからいただいたコメントにもそのどちらへの応援も考えもあった。(そもそも、皆さんと言ってるが、そこには一人一人独立した個人と考えがあるので、本来ならば皆さんとは言いたくない。ぼくは一つ一つのコメントをその書かれた人のことを思って読んでいる。皆さんという総称を使うことにはご容赦頂きたい) そのくらい生きることには幅があり、可能性があり、道があり、出口があるのだということだ。あの子は今、自分で道を開けてみようと思ったに過ぎない。子供の発想ではあるけれど、ぼくは批判しつつ、支えつつ、見守っていきたい。進路という言葉のマジックに騙されることなく、自分が将来を賭けてやりたいことを自ら探したいと気づいた息子のこの発想を、ここで終わらせるのではなく、それを彼の人生の先へとつなげていくことが経験者である親の役割かと思う。息子が独創性と誇りを持って自分らしい仕事を見つけてくれることを切に願っている。パパはそのための最初の壁なのだよ。