JINSEI STORIES
滞仏日記「息子がやっと見つけた将来の夢」 Posted on 2020/02/18 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ぼくが日本から戻って来て以来ずっと、息子の仲間たちが集まっては彼の部屋で遅くまで何か作業をしている。一昨日はイヴァン君が朝の七時までいた。
「こんな遅くまで、というか朝帰りしちゃダメだろ」
「でも、向こうのご両親の許可はとってある」
もう16歳なので、細かいことをとやく言うつもりはない。しかも、今は二週間のバカンスシーズンで学校はおやすみ。車が廃車になり、どこにも連れていくことが出来ない。家遊びなのだから、大目に見ることにした。でも、毎晩、大きな若者たちが次々と我が家にやって来て、遅くに帰っていく。親としてはちょっと心配になる。こいつら、何やってるんだ? 音楽仲間、絵描きの青年、エンジニアを目指している子など、息子の友人たちの中でもユニークな子たちが集結していた。
夕食は基本、和食と決めている。日本の心を植え付けたくて、ずっと続けてきた習慣でもある。今日は割り干し大根、から揚げ、冷ややっこ、大根の味噌汁、などを作った。
「ご飯だぞ!」
と呼ぶといつものそのそとやって来る。今日はちょっと様子が違った。進路について相談がある、といきなり真面目な顔で言い出した。父親らしく「なんだ、言うてみろ」と低い声で返すと、
「パパ、やっとやりたいことが見つかったんだ」
と言った。
先週の日記でも書いたように、彼は今、大学受験を見据えた来年以降の科目の選択で悩んでいる。けれども、同級生たちがエンジニアや医師や会社員を目指す中、彼だけがこれだという進路を見つけ出せずにいた。でも、やっと見つけた、というのだから、驚いた。
「よかったな。で、どうする?」
「ぼくは商業系の大学に一応進むけど、それは時間稼ぎと社会勉強と視野を広げるために過ぎない。前から仲間たちと考えていたプランがあって、今、やっと決断ができた」
「ほー、それは?」
「起業するんだよ。ストリートファッションのブランドを立ち上げる」
「え?」
さて、どうやって、この夢を傷つけないで諦めさせるか、を親として、ぼくは考え始めていた。頭から「無理だ」というのは絶対によくない。新世代賞を創設したぼくが、子供の未来をつぶしちゃ話にならない、そうだ、16歳の息子こそ新世代なのだ。アップルだって、グーグルだって、そういう若い人たちの夢からスタートしている。ぼくの目が虚ろになったのとは対照的に、息子の目は輝きだしていた。
「パパ、聞いてもらえる?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ、ちょっと部屋に来てよ、見せたいものがあるんだ」
やれやれ。
入ってびっくりした。息子の部屋のデスクの配置が変わっており、しかも、壁にいろいろなデザイン画が貼られてある。毎晩若者たちが集まってここで何かをやっていた理由が分かった。息子はぼくにブランドのプランを提示した。まず、液晶画面に彼らが立ち上げるブランドのマークが浮かび上がった。遺伝子の螺旋の構造を持った複雑なマークであった。
「パパ、笑わないでね。ぼくは自分が着てみたい服を仲間たちと作りたいんだ。それがこの会社の理念だよ。もちろん、分かっている。お金が凄くかかるし、ぼくらはまだ高校生だし、どこまでできるのか疑われても仕方がない。でも、持っているお小遣いを全て失ってでも、やりたいんだ。もちろん、最初はサイトで販売をするし、口コミが重要になる。商品を扱うサイトまでも自分たちで作っている。課金のシステムも構築出来たし、商工会議所にも相談に行く予定だし、商標登録も考えている」
息子は既存の課金システムのリストをぼくに見せた。
「たとえばこの、月々70ユーロかかるシステムが一般的なんだけど、でも、月々70ユーロをぼくらは払えない。だから、そのシステムを自らの手で構築することにしたんだ。イヴォンがその担当だよ。見て、ほぼ出来上がりつつある」
息子がパソコンを動かした。液晶画面にAmazonなどと同じようなページが表示された。
「これだと月に10ユーロくらいで維持できる。最初はプレオーダーシステム(あらかじめ予約をとってから生産を始めるシステム)で販売していく。SNSを駆使して、音楽や映像とリンクさせて、若い世代を中心に広げていく。すでに優秀なデザイナーもいる。ぼくが作ったコンセプトとアイデアをもとにデザインがいくつか出来上がって来た。これだよ、見て」
画面にスエットやパーカーのデザイン画が浮き上がった。なるほど、かっこいい。スピーカーから息子が作った音楽を聞こえてくる。抽象的な映像もぼくら大人が作れるようなものじゃない。たしかに路上から生まれた彼らだけが持つことの出来るスタイルなのだ。
「音楽やダンスも重要なアイテムになる。商品を売ることだけが目標じゃない。ぼくらのジェネレーションをそのままここで表現していく。ファッションはその一面に過ぎない。このスエットやTシャツやパーカーを売るだけがぼくらの目標じゃない。伝えたいことがあるんだ。パパ、なぜぼくらがこの地上で、この世界で、この星で生きているのか。人生の醍醐味や意味とは?そういうことをこのファッションや音楽や映像の中に染みこませたい。つまり、その全体を商品にしたいんだ。ムーブメントを売るんだよ。ぼくらはどこかの会社に就職をするために毎日、難しことを勉強してるんじゃない。経験を積んで、新しいことをはじめたいんだ。誰かの下で雇われるんじゃなくて、自分たちで決めて、自分たちで販売をする。まさにこの世界を商品にして自由に届けたい。自分が着たいと思う服が作れるなら、きっとそれは成功するんじゃないかな。たとえ失敗したとしても、それはそれで、いい経験になる」
ぼくは黙ってしまった。ここは余計なことは言わない方がいい。
「分かった。とりあえず、起業したいなら、それはそれで構わない。でも、大学だけは頑張って卒業するんだ。必要な知識を大学で学びながら会社を起こしたらしたらいい。大学で学んだことが必ず君の未来に役立つはずだから…。もちろん、パパは応援するよ。やれるところまでやってごらん」