JINSEI STORIES

滞仏日記「健全なフランスの子供たちはキッチンで料理をする」 Posted on 2020/02/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、東京滞在中に突然出現した首の後ろのしこりは主治医の深野先生により「粉瘤」と断定され、抗生物質を処方された。原因不明の良性腫瘍でほっといてもいいけど、炎症が酷くなると痛みも増すのでお薬飲んで小さくならない場合は手術しましょうね、と恐ろしいことを言われた。でも、幸いなことにお薬が効いたのか、日頃の行いがよいのか、真っ赤に腫れていた親指大くらいの粉瘤はもう小さくしぼんで寂しいくらいになった。さようなら、消滅してくれ。

そういう疲れも出て、しかも急なミーティングが舞い込んできたこともあり、今日は息子が楽しみにしていたレストランの開催日だったが、我が家のキッチンを貸すことが出来なかった。「ごめん、今日はお手伝い出来ないよ」と説明し、急遽、ウイリアム君の家で開催される運びとなった。息子はリュックに、ごま油、醤油、ナンプラー、鶏がらダシの素、などを詰め込んでさっそうと飛び出していった。昼時に届いたのがこの写真である。「おおおお、中華鍋が二つ並んでいる。本格的だ!」

滞仏日記「健全なフランスの子供たちはキッチンで料理をする」

※ 奥がウイリアム君の、手前が息子のチャーハン。ウイリアム君のチャーハンの赤さが気になる。



ウイリアム君がアミューズとしてトマトのパイ包みをオーブンで焼いて作った、らしい。そしてメインはなぜかチャーハン対決。ウイリアム君が東南アジア風のチャーハン(たぶん、シンガポールライスじゃないかと想像する)を作って、息子が(サービスのはずだったがトマ君が欠席となり急遽シェフになって)東京風たまご焼きめしを作った。息子曰く、ぼくは炊飯器に頼らず鍋でちゃんと米を炊いたのだと自慢した。「マジか? 誰に教わったの?」「ネット」ということで、完成品は見てないし、食べてもないので、わからないけれど、「ちょっと水の量が分からなかったからべちぇべちゃ気味で、パラパラにならなかったけど、みんなに美味しい、リゾットみたい、と褒められたよ」ということだった。ううう、情けない。

結局、クラスメイトの男子たちが客として10人くらい集まったらしい。そこに女子が混ざっていないところが笑えた。その上、デザートは男子全員で厨房に集まり、クッキーを焼いて食べたのだとか。さすが、おフランスだ。まあ、誰一人タバコも吸わないし、お酒も飲まないし、かなり健全な子供たちである。子供たちの大麻消費量が欧州一と言われるフランスで、我が子の周辺だけは春の陽だまりのような可愛らしさだ。

「で、どっちが勝ったの? チャーハン対決」
「もちろん、ウイリアムだよ。彼は本格的なんだもの。しかも、ぼくらが作ってる横で12歳のウイリアムの弟が本格的なカルボナーラを作って一人でパルメジャーノかけて食べてた。あの家族はみんな料理が大好きなんだ。勝てるわけないよ」
一言、出かける前に「パパ、チャーハンの作り方教えて」と言えばいいのに、と思った。ウイリアムのお父さんがとにかく負けず嫌いな人で、負けず嫌いなぼくとしては、息子に負けてほしくなかった。次回、PTAの会合でウイリアムのお父さんに上から目線でチャーハン対決のことを言われるに決まっている。ぼくらは心の狭いパパ友なのである。それにしても残念でならない。フランス人にチャーハン対決で負けない美味しいチャーハンの作り方くらい教えてあげられたのになぁ…。

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