JINSEI STORIES

滞仏日記「息子の咳がとまらず救急医師がやってきた」 Posted on 2020/02/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夕方、不意に息子から「咳が止まらない、苦しい」というフランス版のライン、ワッツアップでメッセージが届いた。慌てて電話をすると咳込んで話にならない。ぼくが日本に入る前には空咳程度でほっとけば治るかなという状態であった。この件はツイートもしたけれど、コロナウイルス大流行の時期だけにクラスメイトが「咳込むアジア人」的な目で見て困ると愚痴って(冗談めかす程度)てもいた。その後、熱もなく、鼻水も出てないので、ぼくは安心をして日本に一週間の予定で旅立った。(フランスは中学生までは一人にしてはならないが、息子の年齢だと一人でお留守番が可能となる)

ところが、彼はバレーボールの選手なので試合に無理して出場、どうやらそのことで咳がひどくなってしまったのだ。このままでは学校にも行けないし、喉が痛いと訴えるのでとりあえずSOSメドゥサンを呼ぶことにした。フランスは24時間、小型車にのった医師が市内を巡回しており、症状によってだが駆けつけてくれる。救急車を呼ぶほどでもない病の時にはとっても便利なシステムだ。ただ、東京から呼ぶことが出来ないし、さすがに大人がいた方がいい。しかも、日曜の早朝なので、隣人を起こしてお願いすることも出来ない。そこでぼくはニコラとマノンの両親に電話をかけた。(ワッツアップにはラインと同じ無料電話がある)コロナウイルスのニュースが飛び交う時期なので、咳込んでいる他人の子供の世話をしてくれるかどうかわからなかった。親友のリサとロベルト一家はイタリアに滞在中、日本人の友人たちはセーヌの対岸に住んでいる。歩ける距離にいるニコラのご両親が動いてくれるのがベストだ。でも、こういう時期に、こういうことを頼まれたらどう思うだろう、と思った。コロナウイルスの映像がフランスでも連日放映されている。欧州各地でアジア人への差別が増えている。しかも、この二人はちょっと今、険悪な関係にあり、本当だったら頼めるような状態じゃない。だから、ニコラがうちに逃げてくるのである。でも、ぼくは毎週のようにニコラを預かって来た。困った時はお互い様、これはフランスでも通じる。電話をすると、「もちろんよ」とニコラのお母さんが心強く言った。「日曜日で夫がいるからすぐに行かせるわ」おお、有難い。

滞仏日記「息子の咳がとまらず救急医師がやってきた」



ニコラのママがSOSメドゥサンに連絡をし、ニコラのパパがうちまでやって来て(サンドイッチを持参し)息子の横に寄り添った。扁桃腺炎だと思うけど、風邪かもしれないので、マスクの置いてある棚の場所を知らせた。フランス人はマスクをするという慣習がない。でも、今回はニコラに風邪をうつすわけにはいかないからとお願いをし、ちゃんとマスクをして貰った。朝の8時にドアベルがなり、SOSメドゥサンが到着したのだ。ぼくを安心させるためにニコラのパパがその様子をテレビ電話で見せてくれた。医師はアラブ系の人であった。ぼくはニコラのパパの携帯越しにお医者さんと話しをした。「この子はフランスから最近出たことがありますか? 今はコロナウイルスの時期なので、これは全ての人に聞かなければならない義務なので、ご了承ください」と言った。差別にならないような丁寧な言い方であった。「いいえ、この子は半年以上、フランス国内から出ていません」と説明した。風邪をこじらせ、扁桃腺炎になったのじゃないかと思う、とこれまでの経過を説明した。診察をすると、やっぱりその通りであった。医者は抗生物質を処方した。(お医者さんもとっても心優しい人だった)

ニコラのパパが日曜日でもやっている薬局を探して、薬を買い、それを飲ませた。彼は一度帰ったが、昼過ぎにニコラのママがラタトゥイユを持って再び来てくれた。欧州各地でアジア人が差別されているというニュースが流れているけれど、それは一部の心ない人たちがやっていることで、一般的な話しではない。欧州の中でもフランスの人たちは心温かい人が多い。このことだけは誤解がないように記しておきたい。薬は効いたようで、この日記を書く前に息子から「咳が急におさまったのでびっくりした」と連絡があった。「とにかく、安静にして、明日は学校を休みなさい。担任の先生にはパパからメールを送っておくから」と伝えた。ニコラのママから診断書がPDFで送られてきた。そこでぼくは安心をし、ミスターサンデーに出演をした。海外出稼ぎシングルファザーに心休まる日はない。でも、結局、友だち、知り合い、ご近所の人たちに支えられて息子はなんとか生きていけている。ぼくが帰る頃には元気になっているはずだ。心細い日々を乗り越えながら、あの子はフランスでたくましくなっていく。 

自分流×帝京大学