PANORAMA STORIES
フランス語の輪郭「じゅせぱ」 Posted on 2020/01/23 辻 仁成 作家 パリ
フランス語の輪郭の時間である。タダでフランス語的な感覚を学びたい皆さん、こんにちは。言語って、歴史が作り出したものだから、その言葉を学ぶと、その国の人たちの人間性とか感覚とか考え方とか哲学まで知ることが出来るので、とっても面白い。実際にフランス語を使うことがなくても、フランス語の輪郭を学ぶことで欧州的なものの考え方をつかむことも可能だ。ここは仏語習得のきっかけの場所だと思ってもらえると有難い。ちゃんとした仏語は学校で学んで貰いたい。ぼくがここで話すフランス語的感覚は言語を学ぶというよりも、フランス人を知るためのステップだと思ってもらうといいかも。さて、今日の仏語「じゅせぱ」、毎日一度はどこかから聞こえてくるフランス人がやたらよく使う言葉である。
「知りません」・・・と言いたい時は「じゅせぱ」。
ほんとうは、Je ne sais pas.「じゅぬせぱ」なのだけど、ne「ぬ」を省略して「じゅせぱ」で通じる。
日本人も「知りません」というけど、フランス人ほど、「知りません」を頻発しない。
でも、フランス人は、口癖みたいにこの「知りません」を連発するのである。
そこにフランス人的な感覚が隠れている。
「おれ、関わりたくないんだよ」的な人間の距離感を計るような道具としての…。
知らないよ、じゅせぱ。
わからない、じゅせぱ。
要は、その話題から離れたい時なんかに、つまり、軽くシャットアウトしたい時にも、使われている。
まさに、その人間関係には関わりたくないというタイミングで、じゅせぱ、とフランス人は肩を竦めていうのだ。
「ねー、あの二人、別れたの?」
「じゅせぱ」
知らない、と突き放す感じ。
関わりたくないという時に、まさに、この言葉が生きる。
でも、本当に知らない時にも、じゅせぱ、が使われる。
「明日、来れる?」
「じゅせぱ」
でも、いろいろな意味を含んでいるような、わからない、だという気もする。
フランス人がこの言葉をよく使うのは、お互いのことをあまり干渉したくない場合だったりもする。超便利な言葉だ。
友達同士の会話になると、そうとう崩れて「しぇぱ」になってしまう。
なんで、そこまで崩れちゃったのか、わからないけど、若者とか、しぇぱー、しぇぱー、と言い合っている。
「しらねー、しらねー」
あの店の住所分かる? 「じゅせぱ」。
あの子の好きなもの知ってる? 「じゅせぱ」。
これ、日本語でなんていうの? 「じゅせぱ」。
あんまり考えたくない時、「じゅせぱ」と答えれば、そこで話を終わらせることもできる。話題を逸らしたい時とか、もううんざりという時にも便利だ。
そもそも、響きが、じゅせぱ、だから、言われると、切り離されたような感じになる。
知らないんだから、それ以上話をながびかせんなよ、みたいな…。
うざ、面倒くせーなー、という時は「じゅせぱ」で撃退。
それでもしつこく質問されたなら、言ってる意味がわからない、という意味の「じゅこんぷろんぱ」をつけ加えてもいい。
「じゅせぱ、じゅこんぷろんぱ」と続けて言えば、もうこれ以上何も言うことはないぜ、はい、さようなら。
ああ、またフランス語が達者になった感じがするね?
「じゅせぱ」
Posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。