JINSEI STORIES
リサイクル日記「嫌がらせから身と心を守る三つの方法」 Posted on 2022/08/01 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は、嫌な気分から脱出するためのぼくなりの方法をお話ししたい。
人間生きていると次から次に嫌なことが降りかかってくる。
毎日、毎日、よくもまあ、こんなにひどい嫌がらせをされるものだ、と思うくらい人間社会というものはえげつない。
人間という生き物は人に不満をぶつけて、自分を保っていたりする。
不満をぶつけられた方の苦しみなどお構いなしだ。
強くならないと、やってられないのが今生である。
そこで、ぼくは「辻式、嫌がらせから身と心を守る三つの方法」というのを考案した。
以下が、その方法である。
その1、「バリアー発動」
ぼくは嫌がらせが飛んできたら、即座に「バリアー」を発動している。笑うなかれ。これが実に役立つのだ。偉そうな奴に、「辻君、君は本当にダメだな」とか言われることがある。ぼくのような年齢になってもあるので、若い人はもっとあるだろう。そういう人間が出現したら、即座に「バリアー発動!」と心の中で叫ぶ。その偉そうな人が何を言っても、「聞こえません」状態になる。なぜなら、君はバリアーで保護されているからだ。つまり、相手にしなくてよい、ということである。嫌なことが身に起きたら、大きな声で「バリアー発動」とあえて口にする。昔は仮面ライダーのようにポーズを作っていたけれど、恥ずかしいので最近はこっそりつぶやくだけにしている。外敵をシャットアウトしてしまうのに超便利だ。いちいち、真面目に世間の注文を聞く必要なんかない。短い人生なのに誰かのためだけに生きてなんになる。悪口、陰口が飛んで来たら即座に「バリアー発動」だ。
その2、「消えろボタン」
「消えろボタン」も超便利である。うちは仕事場の滅多に使わないスイッチに「消えろ」と手書きシールを貼ってある。人間には一つや二つ、不意に思い出す嫌な過去が必ずある。何か月も前に言われた悪口、何年も前に言われた批判とか、子供の頃にいじめっこたちにいじめられた記憶とか、時を経て思い出す嫌なことは、一度机から立ち上がって、「消えろ」ボタンを押せば消える。一応、灯りも消えてしまうけれど、その瞬間、あなたの心の中で嫌なものも一つ消えている。笑うなかれ。マジ、これは本当に気分がよくなるので、やってみるといい。「消えろ」でも「失せろ」でも「さよなら」でもいい。でも、あまり押し過ぎると自分が可哀そうになるので、たまに、にしておくことをおすすめする。
※ うちにたまに遊びにくる近所の二コラ君が、なんて書いてあるの? と聞いてきたので、伝えたら、「怖いねー」と言った。確かに、怖い。でも、人に消えろというのじゃなく、この煩わしい悪口や陰口や記憶や心の傷は消えてしまえ、ということである。
その3、トイレット大作戦
それでもまだスッキリ出来ない場合は、トイレに行くしかない。トイレット大作戦である。笑うなかれ。方法はとっても簡単である。トイレットペーパーに頭にきたことを筆ペンでしっかりと書いていく。トイレットペーパーは薄いのでマジックだとちょっと書きにくい。そもそも、トイレットペーパーはそのために開発されたわけじゃない。なので、ちょっと書きづらいことは最初に断っておく。頑張って文言を書いてもらいたい。たとえば「俺を踏み台にするな。俺はお前のスケープゴートじゃないんだ」と書く。ま、相手の名前までは書かなくてもいい。そこまでやると自分がみじめになる。こっそりと心の中でそいつの顔を思い浮かべていれば十分だ。そしてこれが大事なことだが、最後に書いたトイレットペーパーをまるめてトイレで流すのだ。「小」ではいけない。必ず「大」で流せ。「大」である。大量の水でその苛立ちが流され、トイレットペーパーが溶けて排水と一緒に消え去るのを見送る時のスカッと感、最高じゃないか。嫌なことは「水に流す」というけれど、まさに、このことである。流し終わったら、必ず便座の蓋をしめるのが、モアベター。
本当に苦しい時に、この三つの方法で乗り切ってもらいたい。しかし、ここまで読んで、大笑い出来たのなら、もうそれでいいじゃないか。嫌なことはさっさと忘れて、素早く前に進む方が健康的というものである。諸君の健闘を祈る。さらば!
つづく。