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リサイクル日記「泥棒天国、とくに夏のパリは泥棒パラダイス、父ちゃんの心配・・・」 Posted on 2022/06/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリは泥棒だらけで、ぼくが暮らすこの建物でも何度か泥棒騒ぎあった。先日も、なんと下の家に泥棒が入ったのだ。階段でみんなが騒いでいるので何事かと思って顔を出して見ると、
「大変よ、泥棒が入ったんですよ」
と顔馴染みの上の階のマダムに教えられた。
びっくりして、下の階を観に行くと、分厚いドアに何か器具を使ってこじ開けた生々しい痕跡が残っている。警察の人がちょうど立ち去るところであった。この建物のすべてのドアは三重の鍵がついているし、内側に鉄板が入っていて、簡単にはあかないよう工夫されている。そこを突破されたことが我々住人にとっては衝撃であった。

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下の階の人たちが用事で外出をした夕刻、そこが空き家になった瞬間を見計らっての犯行である。泥棒が押し入った時刻は夕方の17時ちょっと過ぎ、ぼくはその時、お風呂場でライブに向けて歌の練習をしていた。ドアをしめ切って大声で歌っているので当然、何も聞こえない。息子が17時45分くらいに帰って来たけど気が付かなかったようである。ものすごく短い犯行時間、用意周到さを感じる。ぼくらが暮らす建物(フランス語で建物のことをバチモンと呼ぶ)は周囲の大きなバチモンと比べるととっても小さく、めっちゃ古く(築120年)、だから世帯数が少ない。なので管理人もいなければ、エレベーターもない!もちろん、毎日、ゴミを出す業者、掃除をする業者などの出入りはある。アマゾンの人も、スーパーの配達人も、郵便局の人も入口のコードを知っているので、どこかから漏れたのであろう。もっとも泥棒が入った時に人がいなくてよかった。いたら危害を加えられる。場合によってはボコボコにされる。知り合いの日本人は泥棒に気が付いたが、寝たふりをして難を逃れている。

住人の一人が言っていたことだが、こういうのは組織的な犯行で、複数の人間が関わっている。見張りをしている子はだいたい女の子らしい。前もって、何曜日の何時くらいになると家には誰もいなくなる、というのが調べられている。家族が出払うのを女の子が見届けて、実行犯が押し入ったのだろう。ただ、気になるのは最初の玄関は暗証番号だが、建物内に入るドアは鍵がないと入れない。そこをどうやって突破したのか分からない、と上の階のムッシュが言った。すると、一番下の階のマダムが、「ゴミ出しの時間を狙われたのよ」と言った。なるほど、17時になるとゴミ出し業者がやって来て、全てのドアを開けっぱなしにする。ということはこの業者とグルの可能性もあるね、と誰かが言った。恐ろしい。いつもぼくが「やあ」とあいさつをしている若者である。ぼくらは顔を見合わせた。やれやれ。別の住人が言った。「全員で力をあわせて、泥棒を食い止めましょう。怪しい人間がいたら、連携しあって声を上げるしかない」そうだ、そうだ、とぼくらは頷き合った。思えば、パリは泥棒天国のようなところがある。薄いレントゲンフィルムがあればプロの泥棒に突破できない扉はない、というのを聞いたこともある。レントゲンフィルムを差し込んで、片足でドアの下をとんとんと蹴って、一瞬であけてもらったこともある。それは泥棒じゃなくて、鍵屋さんだったけれど…。

その夜、ぼくは日本で買った「偽の監視カメラ」を玄関の角に取り付けた。両面テープで張り付けるという超イージーな偽監視カメラ。買ったことで安心をして取り付けていなかったが、慌てて引っ張り出した。
「パパ、どうすんの?」
「玄関に取り付ける。手伝え!」
「こんなの、すぐバレるでしょ」
「ないよりましだろ」
小さな赤いライトも点滅するので、本物っぽい。とりあえず、抑止力になるかもしれないので、二人で力をあわせて設置した。現金などは絶対に見つからない場所に隠しておくしかないだろう。たとえば、米びつの中とかに…。
ひみつです・・・。



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