JINSEI STORIES

滞仏日記「毎年、息子の嘘が大きくばれる日」  Posted on 2020/01/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「ここのところ成績とかどうなの?」と訊くと、息子は決まって「いいよ。調子いいと思う。点数もだいたい70点以上だし、真ん中よりは上って感じだよ。ぼくは自分の実力に自信を持っている」と言うので、まぁ、疑うことなく息子を信じるわけだが、年に一度、この一月に行われる各科目の先生たちとの保護者面談の後、息子が言っていたことがことごとく真実ではないという結果を先生たちに突き付けられ、ぼくは必ず眩暈を覚えるのだった。今日は、数学、物理、スペイン語、フランス語の先生たちとの面談であった。ぼくより少し年下だけれど、四半世紀以上教壇に立つという物理の先生は「彼はもう少し真剣にやらないと物理に関しては危険水域状態です。このままではダメですよ」と言った。

滞仏日記「毎年、息子の嘘が大きくばれる日」 



夕方の17時過ぎに学校に行き、各教室を巡る。ドアに面談の時間割表が貼ってあり、スムーズに面接出来るよう予め調整されている。時間よりちょっとだけ前に行き、名前を呼ばれるのを待たなければならない。どの先生たちも穏やかで真面目で教育に熱心な人たちばかりだけど、先生によっては廊下が溢れかえっていたりする。逆に、そういう先生はものすごく熱心な先生で、持ち時間の10分を越えて親に生徒の問題点を真剣に説明していたりする。特にフランス語の待ち時間は一時間ほどになった。廊下は順番を待つ親御さんたちで溢れていた。中には文句を言い出す人までいたけれど、その先生の前に座ればみんな納得する。目を輝かせて、生徒一人一人の問題点と可能性を力説するのだ。息子の創作能力は高い、と褒めてくれたが、フランスの受験システムが今年から変更になり、創作よりも分析や読解力に主軸が移されることになるので、やり方を変えないと受験には不利だ、と言った。一時間待たされる価値があった。

滞仏日記「毎年、息子の嘘が大きくばれる日」 

それにしても最後に「彼はものすごく真面目なんですが、その分、発言力が足りないので、そこが課題ですね」とダメ出しを食らわされてしまった。担任の数学の先生にも「彼は大人しくて好感が持てるのだが、自分から参加してこないので、教えてあげたいけれど、チャンスが作れないんですよ」と言われ、スペイン語の先生からは「もっと僕を信じてなんでも聞いてほしんだけどなぁ、モチベーションが足りないというか、やる気を感じない」と突き放されてしまった。やれやれ。

明日、息子は16歳になる。誕生日を祝ってやりたいけれども、なんだか、裏切られたような気分になった。とぼとぼとと家路についた。でっかい息子がキッチンでご飯を食べていた。目が合った。後ろめたい気持ちがあるのだろう、視線が彷徨っている。
「パパ、どうだったの?」
「うん、よくなかったよ」
「おかしいなぁ」
「おかしくはないだろ。分かってたんじゃないか?」
「何が?」
「お前が参加してこないから教えてあげられないって言ってたぞ」
「参加しているけど、たぶん、先生たちにはそう見えるんだね、残念だなぁ」
「でも、全員が言ってた。物理に関して言えば、このままじゃ、ダメになるって言われた。どう思う?」
「物理は確かに弱いかもしれないけど、ぼくはそこまで酷くはないと思うよ。でも」
でも、と息子が言った。
「でも、何?」
「いや、もしかしたら学校を変えた方がいいかもしれない。僕が打ち込みたい科目がないんだよ」
「やりたい科目が何か言えないくせにか? いい加減なこと言うなよ。この学校がいいと言ったのはお前だし、来年からバック(受験)がはじまるのに、この時期に学校を移るのはリスキーだ。人生はそう簡単に変えられないんだ」
「でも、みんな来年から移るよ。ウイリアムもシモンも」
「彼らは将来やることが決まっているから専門の学校に移るんだろ? 君にはそもそも将来のビジョンが何もない。その段階で学校を変えるのは本末転倒じゃないか?」
ぼくらは視線をぶつけ合った。痛いところをつかれて、さすがの自信家も声を詰まらせてしまう。明日、16歳になるのだ、と思った。自分が16の時は勉強なんかしなかった。未来も決まってなかった。毎日、本を読んで、バンドの練習をしていた。まぁ、いいじゃないか、もう一年騙されてみよう、と思った。ぼくは息子の肩を叩いて微笑み、
「よく考えろ。明日から16歳だ。人生は長いが一瞬の連続なんだから、今を疎かにするな。それ、食べ終わったら、片付けておけよ」
とだけ言い残した。

滞仏日記「毎年、息子の嘘が大きくばれる日」 

自分流×帝京大学