JINSEI STORIES
滞仏日記号外「盛り付けて、完成となった辻家のおせち」 Posted on 2020/01/01 辻 仁成 作家 パリ
おせちが完成したので、滞仏日記、いきなり号外である。とりあえず、独りぼっちなので暇だから、出来た料理を箱に詰めて、テーブルに並べてみた。息子に、何時に帰ってくるのか、とメッセージを送ったが返事なし。(現在フランス時間の正午)これは夜まで戻らない気だ。仕方がないので、日本の読者の皆さんにパリの孤独なオヤジが新しい一年を祈願して作ったおせちの数々をご覧頂きたい。パリから正月の気分をお届けである。
一の箱は予定通り、オマール海老、蟹、などだが、海老が必ずおせちに入るのには理由がある。日本人は昔から、長いひげや丸まったその姿から、腰が曲がるまで長生きをしたいと海老に願いを込めた。うちでは、海老のようなへこたれないバネのある人間になれ、というもう一つの願いも込めている。二の箱はサーモンテリーヌ、から揚げ、焼き豚、鴨巻き、黒豆、栗きんとん、オレンジと人参の洋風なます、などがびっしりと詰めた賑やかし箱である。黒豆を正月に食べるのは、健康を願って。「まめ」に働く、という語呂合わせの意味もある。ぼくのようなワーカホリックな人間にぴったりの食べものではないか。
三の小箱はサーモンの手毬寿司、四の小箱は筑前煮、そして五の小箱は鮪の冷製パスタとなっている。いわゆる、ご飯もので「食べることに困らない人生」との願いを込めた。令和と赤ピーマンで書いておいた。注目してほしいのは蓮根である。蓮根には穴が多く空いているので、将来を見通せる、見晴らしのいい一年、という願いが込められている。次にごぼう。ごぼうは地中にしっかりと根を下ろすものだから安定を意味する。昆布は「喜ぶ」との語呂合わせで、笑みのある一年を願う食材であろう。食べながら、これらの願いを噛みしめて、一年の安全と幸福を祈願するのが昔より日本人の食べ方なのである。
さて、一人で食べるのもなんだから、息子が帰るのを待って一緒に食べることにしよう。それまで、ぼくは何を食べて待てばよいのか。笑。とりあえず、お雑煮を頂くことにする。神様に供えていた餅を煮て食べるようになり「食いあげる」から、一年を無事に過ごせるように、という願いがこめられた。今年は関西風のお雑煮である。