JINSEI STORIES
滞仏日記「二人でクリスマス・イヴ」 Posted on 2019/12/25 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、二人きりになって何回目のクリスマス・イヴであろう。今年は話し合って、大がかりなクリスマスの飾り付けはやめた。「もう高校生だから、やんなくていいよ。今までありがとう」と息子に言われた。どこかに旅行でも行こうかと思ったが、フランス国鉄のストは年明けまで継続が決定、1月9日に大規模なデモまであるらしい。いったいいつまで続くのだろう、ストライキ。TGVも動かないので、家にいるしかない。さすがに息子の仲間たちもマノンもニコラも遊びには来ないので、いよいよ二人きりのクリスマス・イヴとなった。寝正月というのがあるのだから寝クリスマスがあってもいい。でも、なんとなく寂しいから景気付けることにした。まずはケーキと夕食の買い出しに行かなければならない。クリスマスは日本における正月みたいなものだから、明日は店が全部閉まってしまう。何か買っておかなきゃ、悲惨は年末になってしまう。
クリスマスケーキのことを「ブッシュ・ド・ノエル」と呼ぶ。でかいカマボコのような形のケーキだけど、これが結構高い。5000円くらいかな。みんな予約をするから、どこも前もって作って冷凍しておくのだそうだ。四軒ケーキ屋を回って、やっと手ごろでいいのを見つけた。それから肉屋に行き、一から作るのは面倒くさいので、親しい店主に何かクリスマスっぽい肉を、と依頼した。「今は忙しいから昼過ぎに取りに来い、何か作っとく」とウインクされた。一度家に帰り、夕方、再び取りに出かけた。店主のロジェがホロホロ鷄(パンタード)の腹の中にいろいろと詰め込んだ一羽を差し出した。この店主、首相官邸にも出入りしていたらしい。でかいホロホロ鷄一羽だ。内臓を取り出し、そこにファルス(詰め物)を詰め込んでいる。食べきれないと思ったが、フランス人は食べきれなかった料理をクリスマスにつまむのが習慣らしい。日本のおせち的な感覚である。残ったら、カレーソースでもかけて食べればいいか、と思いながら、買った。
家に戻り、オーブン皿に処理したホロホロ鷄、エシャロット、栗、ジャガイモ、ハーブ(タイムとローリエ)を加え入れた。鷄の首の肉と砂肝と肝臓も付いていたので、時間差でぶち込むことにした。首部分はグロテスクだけど、日本だと焼き鳥屋でみんな「うまいうまい」と言って食べているあの「せせり」のことである。水道管の蛇口のような形状をしていて、中に骨があるので、このままでは食べられない。せせりはどうやって整形しているんだろうと焼き鳥屋さんの苦心を想像しながら、骨から肉を削いだ。息子がマーシャルのスピーカーを持ってきて、オーブンの前に置いた。
「なんか、暗いからさ、音楽いらない?」
フランスの歌手が歌うクリスマスソングだった。
夜、八時。テーブルセッティングをしてクリスマス・イヴの夕食をした。いつもと何も変わらないのだけど、ちょっといい皿を並べ、蝋燭台とかだして、雰囲気を作ってみた。オーブンで一時間半焼いたホロホロ鷄をどんと中央に置いた。
「どうすんの、こんなに?」
と息子が鼻で笑った。
「ま、クリスマスだし、お前はいつかフランス人と結婚して、クリスマスを家族で祝うことになるだろ? こういうことを経験しておかないとその時、適応できなくなる」
再び息子が鼻で笑った。
「フランス人とは限らない。アジア人かもしれないし、アフリカ人かもしれない」
そういえば、最近、エルザのことが話題にあがらない。ま、でも、余計なことは聞かないことにしよう。人生は長い、まだ高校生だ。
「そうだけど、可能性はめっちゃ高いんじゃないの? フランス人の家庭に招かれた時に、クリスマスの過ごし方くらい知っといた方がいいだろう。恥かかせたくないから、親心だ。黙って喰えよ」
鶏肉を切り分け、与えた。息子は黙ってバクバクと頬張った。ぼくはワインをグラスに注いで、宙に向かって乾杯をした。でも、なんとかなる。そうだ、この国は「なんとかなる」国だ。日本のようにビシッと物事が厳格化されてるとは言えない。だから、逆に、デモとかストをこんなにしょっちゅうやっている。日本でここまで鉄道もバスも動かなければ国が機能しなくなるだろう。もう3週間も全土で鉄道バスがストップしているのだから。働かない労働者はそこから減給となるのだとか。すでに3週間、しかも、来年まで持ち越す可能性が大きいのだ。お互いやっていけるのだろうか…。
「パパ」
「なに」
「美味いよ。これ」
「残念だけど、パパが作ったんじゃないよ。肉屋のロジェだ」
「でも、これがフランスの味だと思う。ぼくはなんで、フランスで生まれたんだろうね」
「そこが問題だな、フランスは好きか?」
「好きだよ。いい国だと思う」
「それは良かったな。お前にとっては生まれ故郷だから、好きなら最高じゃん」
「うん。複雑だけど、仕方ないね。どこに生まれるのか選べる人間はいないんだから」
たしかに生まれる場所は選べない。その通りだ、と思いながら、ぼくはワインを水のようにあおった。この生活があとどのくらい続くのだろう。果たしてこいつは誰と所帯を持つのであろう。
「たぶん、人間は死ぬ場所を選ぶことができる。お前は好きな場所を選べばいい」
息子は頷くと、ホロホロ鷄を口の中に放り込んだ。うまそうに、食べるね~。
「パパは?」
「パパもそうする。地球は広いからな、まだ人生を諦めるわけにはいかない」