PANORAMA STORIES
イギリスのクリスマス、いちばん忙しいのは誰か Posted on 2019/12/23 清水 玲奈 ジャーナリスト・翻訳家 ロンドン
郵便屋さんが一年で最も活躍するのは12月だ。メールやアプリでのメッセージが基本になったこの頃でも、クリスマスにカードを出したり、あるいはプレゼントに添えたりする人は多く、街では盛んにクリスマスカードを売っている。
娘の小学校では、子どものデザインでクリスマスカードが作れるプロジェクトがあった。A4の紙に描いた絵やコラージュを提出すると、2週間後にネットで注文ができて、好きな枚数のカードやプレゼント用のタグ、包装紙に加工してもらえる。カードの文面や、子どもの名前、学校名を入れるかどうかなどが選べる。受注制作は、元教師が1997年に創業した「アート・プロジェクツ・フォー・スクールズ」が請け負っていて、毎年イギリス全国で22万点の子どもたちの作品が、600万枚のクリスマスカードになるそうだ。
そして、収益の一部が、それぞれの子どもが通う学校に寄付される。移民の子どもが多い娘の学校のPTAは「クリスマスを祝わないご家庭なら、好きなデザインと文面でグリーティングカードを作ってはいかがでしょう」と参加を呼びかけた。提出日、子どもたちはカラフルなクリスマスツリー、新年を告げる鳥とされるコマドリなど、様々な力作を持って登校し、友だち同士で見せっこしていた。小学生になって絵が大好きになった娘は自画像を描き、秋に果樹園に出かけたときに見つけたキノコの絵を添えて、カードを注文した。仕上がったカードは、娘がお世話になった方々に、入学の報告を兼ねて出した。
クリスマスは、本屋さんにとっても一番の書き入れ時だ。プレゼント用に本を買いに来る人たちで、レジには長い行列ができる。子どもへのクリスマスプレゼントの定番になっているのが、英国の絵本作家ジャネット・アルバーグとアラン・アルバーグ夫妻による『ゆかいなゆうびんやさんのクリスマス』。
クリスマスイブに、赤い自転車に乗った郵便屋さんが、三匹の熊や赤ずきん、ハンプティ・ダンプティ、ジンジャーブレッドマンといった子どもたちにおなじみの登場人物たちに郵便を配達していくお話だ。表紙に「プレゼントがぎっしり詰まったプレゼント」とある通り、本のページに挿入された封筒の中に、それぞれの受取人にふさわしい豆本やジグソーパズルなどが入っている。
娘の学校でも、授業でこの絵本を読んだ。そして先生から保護者宛てに「学習効果を上げるため、授業の一環として郵便ポストに手紙を出しに行きます」というお知らせが配られた。子どもが自分で手紙を書き、学校から一番近い郵便ポストまで歩いて行き、手紙を投函するという。「手紙が届いたら、子どもの言葉や絵について話し合い、成果をほめるように。当日は、暖かいコートを着せてください」とのことだった。
英国郵便ロイヤルメールのファーストクラスは、基本的に翌日配達だ。水曜日に出した手紙が、木曜日の朝、娘の宛名で届いた。消印は「メリークリスマス クリスマスカードはファーストクラスなら20日金曜日までに投函 速達なら23日月曜日」となっている。
開けてみると、娘が初めて自力で仕上げた絵手紙が入っていた。ピンク色のジンジャーブレッドマンの絵が描いてある。宛名が「Dear JnJa」となっているのはなんだろう、と思って学校帰りに娘に尋ねると、「ディア・ジンジャー」、つまり「ジンジャーブレッドマンさんへの手紙」なのだという。子どもはこのように試行錯誤を繰り返しながら、読み書きを覚えていくのだろう。先生の手紙に従うまでもなく、私は娘の努力に拍手を送った。素敵なクリスマスカードだった。
その日は、冬休み前の最後の登校日でもあった。娘は通知表ではなく、先生からクリスマスカードをもらって帰ってきた。封筒には、キャンディーの杖が添えられている。クリスマスツリーの飾りにも使われるキャンディーの杖は「羊飼いの杖」、つまり全ての民を導く羊飼いに喩えられるイエス・キリストの象徴なのだという。ときに優しく、ときに厳しく、飴と鞭(杖?)を使って子ども30人の群れを導く小学校の先生も、まるで羊飼いのようだ。
そんなことを思いながら封筒を開けると、カードには「クリスマスジャンパーの日」に撮ったクラスの集合写真が印刷されていた。先生と助手の先生、子どもたちが、それぞれの自慢のセーター姿で写っている。娘はキラキラ光るモールをお友達と一緒に持ち、仲良しのオーマー君と並んで楽しげだ。親が知らない世界で生きている娘の姿がそこに焼き付いている。子どもに宛てたクリスマスカードだったが、娘の人生初のクラス写真は幸福感に満ちていて、私にとっても思いがけないクリスマスプレゼントになった。「最高の冬休みを過ごしてね」という先生の手書きのメッセージが添えられていた。
Posted by 清水 玲奈
清水 玲奈
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ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。