JINSEI STORIES
滞仏日記「日仏の子供たちが連結した」 Posted on 2019/12/16 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日はパリ郊外のパンタンのダンススタジオで、ダンスユニットのオーディションがあり、審査員として駆り出された。「辻さん、日仏ダンスユニットのフランス側の審査員をやってもらえないですか?」とパリで撮影したぼくの映画「paris Tokyo paysage」の助監督をやったASAちゃんから話が舞い込んだ。(息子と同じ、フランス生まれの両親が日本人なので、ぼくらは仲間)「なんで日仏のダンスユニットなの?」「来年、オリンピックで、その次がフランスのオリンピックでしょ? そこに着目した日仏のプロデューサーたちがね、YOSAKOIダンスを世界に広めようと思いついたんですよ」「よさこい? よさこいって高知の…」あ、YouTubeで話題のあれだ、と思った。高校生とか大学生が踊る現代風のよさこい。ブレークダンスとドッキングしたようなリズミカルな映像が今、世界中でヒットしている。「実はフランスにも四つフランス人のよさこいダンスチームがあるんです。フランスの漫画オタクジェネレーションからも絶大な人気を集めています」「ほんと?」「審査員の一人がそこの主催者。審査委員長はリヨン演劇祭で話題の振り付け師で、フランスダンスシーンの第一人者です。仕掛け人の井上さん(ぼくと同じ歳で同じ幼稚園出身だと判明)や日本のレコード会社の人たちも駆けつけます。辻さんは日仏両方からの視点でジャッジしてほしいんです」「おお、大役だね、大丈夫かな」「大丈夫、大丈夫」
パリ郊外のダンススタジオのロビーには、若いダンサーたちが詰めかけ、はじけんばかりの熱気で包み込まれていた。この日、全てのスタジオで様々なオーディションが行われているらしい。ブロードウェイのような活気であった。フランスではもうずっと前から、有名人が振付師と組んでダンスを披露するスター誕生のような番組がお茶の間では大人気、ともかくダンス熱が高い。フランス人はラテン民族なので踊り出したら止まらない。朝からオーディションは行われていたようだが、ぼくは忙しくて最終選考の時だけ顔をだすことになる。午前中の予選を通過した20人くらいの男子のダンサー(18歳から23歳くらいまで)が残っていた。実は日本側の6人の女子チームはすでに決定しており、今回、フランス側の審査に見学も兼ねてやって来ていた。会場の隅っこに中学生みたいな小さな女の子の集団がいた。まさか、とは思ったけど…。笑。審査が終わった後に決定した男子ダンサーたちとよさこいのリハーサルをやる予定なのだとか…。振付師のアフィードがダンサーたちに指示を出していた。ぼくはちょうどそのタイミングでスタジオにのこのこと顔を出したのである。熱気が爆発していた。舞台演出を手掛けてきたいくつかの稽古風景のことを思い出してしまった。(振付師のうらんはどうしてるかなぁ)
「じゃあ、これから30分間を君たちに与える。グループを作って「連結」というテーマで5分間のダンスを想像してもらいたい。日本から先に選ばれた6人の女の子たちが来ているので、一人ずつ各チームに振り分けるから一緒にやってみてほしい。じゃあ、そこの君」
指をさされた日本人の子がちょっとびっくりした顔をした。通訳の人が飛んでいった。つまり、いきなり、そんなことを言われるとは思っていなかったようなのだ…。
あとで聞かされることだけど、日本から来た子たちには寝耳に水のいきなりのコラボであった。適当に割り振られた初対面のフランスの子たちと、もちろん、言葉も通じないのに、ダンスを想像しなければならないのである。踊り手、それぞれのこれまでの経験によって、チームのカラーが見事に分かれていた。ブレークダンス系、コンテンポラリー系、etc。
ぼくは一つ一つのチームの傍まで近寄り、彼らがどうやってコミュニケーションをはかっているのか、こっそりと確かめた。これが若さというものなのか、男の子たちがまくしたてるめっちゃ早いフランス語に、女の子たちが、OK、あるいは、NON、と答えている。そして、いきなり動き出した。「連結」というテーマもよかった。手を伸ばすと誰かが真似をし、それをまたもう一人が真似る。人類はきっとこうやって踊りを覚えたのであろう。もしかすると、そこから言語が生まれた可能性もある。日本のダンスカンパニーなんかでもたまにやる練習法だけど、出会ったばかりのフランス人と日本人の子たちが即興でステージを作っていく行程が実に感動的で面白かった。少ない経験の中でも最大限のことを彼らは全て出し切ろうとしている。ぼくは全部のチームを見て回り、その中で輝いている才能をできるだけ抽出しようと試みた。本当は全員を合格させたかった。でも、選ぶのは6人なのである。これはプロの世界なので仕方がない。ぼくが選んだ子が4人選ばれ、ぼくが選ばない子が2人選ばれた。まぁ、でも、審査員によって基準も感覚も違うので、落選した子たちにもぼくは同じ大きさの拍手をおくりたい。
審査が終わって、ぼくはまず6人の日本人ダンサーたちのところに行った。「めっちゃ緊張しました」「なんにも聞かされてないので度肝抜かされました」「恥ずかしくて死にたいと思いました」とっても謙虚な意見が飛び出してくる。よくぞ、ここまで技術のある子たちを集めたな、と実はちょっとその時、関心していた。第一印象の中学生は間違いだった。すまん。笑。ド迫力のダンスでした。男子チームも上手だったけど、ぼくは日本女子に軍配をあげた。伸びもバネもそして演技力、創造性、どれもずば抜けている。そこまで期待していなかったからかもしれない。フランスの男子たちはいつもストリートで本物を見ているので、まさに路上から飛び出してきたような野性的な子たちだった。もっともブレークダンスのレベルはアメリカに引けを取らない実力がある。むしろ、一番凄かったのは、彼らの個人演技よりも若い日仏男女のチームが織りなすまさに和洋折衷の創造力であり、それこそがこのダンスユニットの斬新さなのであった。そこに「よさこい」を紐づける! もしかすると化けるかもしれない、と思った。
一番ぼくを感動させたのは、ダンスがあれば通訳さんは必要ない、というところだ。(通訳さん、ごめんなさい)一応、主催者さんが上手な通訳の方を一人スタンバイさせていたのだけど、その方の出る幕がないくらいに、意思の疎通が瞬時に出来、ああ、ダンスとか音楽に言語はほんと無用だな、と改めて思わされてしまった。ぼくもミュージシャンのはしくれだから、楽器が弾けることで、音楽好きな人とはすぐに連結することができる。アフィードが提案したまさに「連結」が、この子たちを世界的なスターに仕立て上げるかもしれない。軽い気持ちでやって来たぼくだったけど、スター誕生を見た後のような爽快感だけが残った。この子たちには未来しかない。