JINSEI STORIES
滞仏日記「ニコラにYouTubeを手伝わせた!」 Posted on 2019/12/11 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、パリでは、お父さんと子供が本当によく手を繋いで歩いている。夕方になるとお父さん&子供の率が急に高くなる。それは同時に、お母さんとお父さんが子供の面倒を半々でみている証拠でもある。ぼくも幼い息子と手を繋いで学校に通っていた。もう、今は繋がない。たまに肩を叩くくらいだ。だから、父と子が仲良く手を繋いでるのを見かけるとやっぱりぐっと胸にくるものがある。昨日、ニコラ(9)がまたやって来て我が家に泊まった。いろいろ家庭事情があるので、それは仕方ない。ここ数日、パリの学校は鉄道各社の無期限ストのせいで休校となった。退屈なニコラは寂しいのだろう、ぼくの仕事場に居座り、ずっと後ろでスイッチをやっている。ゲームばかりはよくないので、ぼくは一計を案じた。
子供はみんなYouTubeが大好きだ。そこでぼくはニコラに「君はユーチューバーの動画制作に参加してみたくはないかね」とちょっと探偵シャーロックホームズ口調で言ってみたのだ。え?と大きな声を張り上げ、ニコラが立ち上がった。どうやら興味ありそうだ。作戦成功である。
「これから動画を撮るけど、手伝わないか?」
ニコラはゲーム機を床に置いて、手伝います、とはしゃぎだした。
狭い仕事場でゲームをやられては仕事にならないし、預かった以上、小さな子供をほったらかしにすることもできない。かといってデモだし、どこにも連れだせない。子供にはYouTubeが一番なのだ。YouTubeを一緒に見るよりも一緒に作ればいいじゃないか、と思いついた。それを名案という。試験前だけど息子に相談すると、いいじゃん、ちょっとなら手伝うよ、と賛同してくれた。なんと心優しいお兄ちゃんになったことか。
ちょうど、昼ごはんを何にするかで悩んでいたのでこのアイデアはあらゆる面でナイスだった。「クリスマスに子供とお父さんが一緒に作る超簡単豪華一品」というテーマで料理を考えてみた。それならば「サーモンパテ」がいい。サーモンの水煮缶さえあればできる。日本のお父さんたちがクリスマスに一緒に作る絵が思い浮かんだ。よし。
ぼくがキッチンを片付け、息子がカメラをセットした。ニコラはその間、嬉しそうに椅子に座って待っていた。準備が終わると、ぼくはニコラの目の高さにしゃがんで、「君も出演するんだ。いいね?」と囁いた。
「え?ぼく?」
「そうだよ。YouTubeに初出演だ。絶対、楽しいぞ」
うん、とニコラは使命感に燃えながら頷いた。息子はニコニコ笑っている。ぼくがシングルファザーになった時、息子は今のニコラと同じ歳であった。ほんとにでかくなったものだ。彼はニコラのことを弟みたいに可愛がっている。自分が大事にしていたナルトの漫画を全部ニコラにあげた。人間というのは、血が繋がっていなくてもそうやって繋がっていく。ぼくらはみんな人と人の間で育っていく人間だ。家庭の事情はいろいろとある。でも、子供には関係がない。ならば、周りにいる大人たちが手を差し伸べればいいのだ。
さ、いよいよカメラが回った。「はい、どうも、久々の2Gチャンネルです」ぼくが元気よく喋り出すとニコラが笑い出した。息子が口に指を押し当てて、シッー、と注意した。なんかぼくの喋り方とか所作がおかしいのであろう。ずっと笑っている。やりにくいけど、楽しいなら、いいか・・・。息子も笑っている。
「あ、材料が足りない。マヨネーズ。とって、ニコラ」
「はい」と彼は日本語で答えてそれをぼくに手渡してくれた。
実はここら辺まで演出をしておいた。ニコラが「日本語で返事をしたい」と自己申告したのだ。それで「はい」を教えたのである。はい、なかなか悪くないぞ。
撮影はなんだかんだ、午前中いっぱいかかった。ニコラは途中で「ムッシュ、お腹がすいた」とぐずりだした。そこらへんはやっぱり子供なのだ。その都度、息子が「もう終わるから、頑張ろう」と励ましていた。撮影が終わり、三人で食べたサーモンパテはマジ、本当に、やばいくらいに美味しかった。これは絶対にご家庭で作ってもらいたい。動画は明日、息子の試験終わりで彼が編集をするので、2,3日、待っていてほしい。サーモンの水煮缶詰を使った、お手軽で、超簡単で、経済的な豪華な一品。息子とニコラとぼくの力作なのである。もちろん、スパイスは愛情だ。ボナペティ!
※ニコラは安全な部屋で寝かせています、ご安心ください。息子君と一緒に。笑。父ちゃん、ほんとうに大変です。無期限スト、水漏れ、ニコラ!