JINSEI STORIES
滞仏日記「家族の大切さを説く母さんのことば」 Posted on 2019/11/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は母さんが病院を一時退院し、テレビ局の取材を受ける日であった。(12月8日、日曜日16時5分から放送予定)ぼくが飛んで行ってケアできないので、弟とスタッフさんが付き添った。先方からはディレクターさん、司会者さん、カメラマンさん、音声さんがやってきた。弟から写真が送られてきたので、覗いてみたら、結構本格的な撮影だったので、びっくりしてしまった。ぼくが母さんの半自伝を書いてしまったがためにこんなことに…。84歳の母さん、大丈夫だろうか?
撮影の後、母さんに電話した。
「どうだった?」
「心配せんでよかよ、なんもあんたの悪口は一ことも言ってないけん」
「いや、言ってもいいのに、でも、なんて言ったと?」
「小学生の頃までは悪さばかりしよったですって正直に言っといた」
やっぱり。言ってるじゃん…。
「でも、高校生になったら、ちょっとはましになりましたと褒めときました」
「すいません。ありがとうございます」
「よかよか、礼には及ばんたい」
写真を見る限り、かなり度胸の据わった顔に見える。初テレビ出演とは思えない。
「父さんのことはなんか聞かれたと?」
「別に、なんも訊かれんやったよ」
そうか、84歳の母さんについての取材だから、父さんは関係ないのか…。
「でも、ひとなり」
「はい」
「父さんがおってこそのお前らや。父さんは九州男児やけん、あの人は余計なことは言わんし、いろいろとあったけど、最後は全部天国に引き受けて持っていかれました。だけん、私は感謝しとったい」
それが聞けてよかった。
「病院はどう?」
「とってもいい病院だよ。でも、明日にでも退院ばしたかとよ。家に帰りたいと。もう、自分で歩けるけん、明日、先生に退院させてもらえんか、とお願いするつもりったい」
「母さん、そこは先生にしかわからないことだからね、ここで拗らせたらつねひさ(弟)にも迷惑がかかるから、しっかり治してから帰ってくださいね」
「そうやね。あんたたちにこれ以上迷惑はかけられんね」
「そんなことないですよ。でも、弟は母さんのことを一番心配してる。あいつのいうことだけはちゃんと訊かなきゃいけません」
「分かってる。有難いことです」
「いや、ぼくらは母さんに育てられて今日があるからね、感謝するのはぼくらの方です」
息子が高校生になったこと、成績もよく頑張ってること、一昨日のディプロマの授与式のことなどを伝えた。
「何よりったい。よかか、みんな自分が頑張る。そして、その頑張る姿がそばにいる家族を励ます。そういうこったい」
「はい」
「最後は家族で力を合わせて乗り越えていかないけん。わたしがお前たちに言い残したいことは、ここぞという時には家族の力、ということだ。兄弟、親子、力を合わせて乗り越えることができれば、人生、鬼に金棒ったい。わかるか」
ぼくは、はい、と呟き電話を切った。なんとなく、母さんは元気がなかった。そんな気がした。84歳なりに頑張った初テレビ出演だったのかもしれない。よく休んでもらいたい。でも、きっと堂々とテレビに出演したのであろう。パリでは観れないので、観た人の感想を心待ちにしておこう。
母さん、いつも、ありがとう。