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滞仏日記「暗雲が垂れ込める恋の行方を父は心配するの巻」 Posted on 2019/11/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、何か、どうも雲行きが怪しい。ここのところ家の中がわずかにピリピリしている。というのも、息子くんが恋人の話しをしなくなったし、部屋から彼女の声(スカイプの声)が聞こえてこなくなった。また、昔みたいに、男の子の友だち、アレクサンドルやウイリアムの声ばかりが聞こえてくる。何よりも、息子くん、元気がない。それはこっちの気のせいかもしれないが、なんとなく様子がおかしい。ぼくは父親だ。何かが起こった、というのはすぐにわかる。じゃあ、月末に彼女が暮らす西の街までフランス版新幹線で行くという話しはどうなったのだろう。さりげなく、食事中に探りをいれてみることにした。
「あの、なんか、最近、どう?」
「うん」、と息子。く、暗い。
「その日、モンパルナス駅まで送ろうか?」
「あ、いらない」
「どうして?」
「…大丈夫、必要ないよ」
どういうことであろう。でも、これ以上しつこく訊くことが出来ない。そっとしておいてあげるのが一番であろう。

滞仏日記「暗雲が垂れ込める恋の行方を父は心配するの巻」



まだ15歳の男の子と女の子のヤングラブ&長距離恋愛…。距離の問題は最初から大きかった。会いたいのに会えない。きっと、彼女の方からなんらかネガティブな発言が飛び出したのではないか、と父親は勝手に憶測する。若い子たちはどうしても恋人のそばにいたいものね。なぜ、自分は彼に会えないの、と疑問がおきて当然でもある。学校帰りに一緒にカフェに行き、ベンチに並んで座り、写メを撮って、手を繋いでデートをして…。そりゃ、そうだよね。最初の恋愛から長距離恋愛を選んでしまったこの若い二人の、ある意味、ハードルは高過ぎた。

ネットで出会って、意気投合して、でも、実際に会ったのはたったの二度だし…。確かに最初はその距離が二人の想いを手繰り寄せたとしても、次第に二人の間に会いたくても会えないものすごい距離が聳えるということもありえる。もしも、彼女の近くに優しい男の子がいて、その子にカフェに誘われて、話も弾んで、もしもそのひと時がとっても楽しかったら、…。いや、これは父ちゃんの勝手な想像に過ぎない。息子が登校した後、掃除をしながら、あれこれ、暇なものだから、余計な詮索をしているのに過ぎないのである。

しかし、万が一、友だちに戻る日が来たとしても、日常は続く。フランス語に「La vie continue(それでも人生は続く)」という言葉がある。こういうことが起きても宿題はやらなければならいし、バレーボールの練習はあるし、学校も当然あるし、ご飯も食べないとならない。その時、ぼくが親として彼に言えることはただ一つ、それでも人生は続くのだよ、ということである。そして、愛を探す人生の長旅はこれからはじまるのだ。みんな青春の門をくぐっていく…。とにかく、そっと見守る父ちゃんであった。

そうだ、まだまだこれからなので、to be continued

滞仏日記「暗雲が垂れ込める恋の行方を父は心配するの巻」