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滞仏日記「フランスのお父さんの本音、聞きたくないですか?」 Posted on 2019/11/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、さて、パリに戻ったその足でぼくは空港からデパ地下(みたいなところ)に直行し、ロベルトの誕生会で出す料理の食材を買い漁った。おやじたちが集まるので、がんがん食べれるものがいいだろう。チラシ寿司が簡単で便利だと思い、新鮮なサーモン、鯛、マグロ、エビを買った。それから肉だと思い、馴染みの肉屋に行き、豚のひれ肉を3キロほど買った。八百屋に立ち寄り、とんかつといえばキャベツなのででかいのを二個買った。日本食材店に行き、スペイン産のこしひかりを二キロ買った。自然派ワイン屋に行き、赤と白を数本買った。スペインの市場で買ったロモとかベジョータもあるのでたぶん、これでなんとかなる。多すぎるかもしれない。

ロベルトは金融関係の仕事をしている。ぼくとは畑が全く違うのだけど、なぜか気が合う。他のお父さんたちも不動産屋、IT関係、レストラン経営者とまちまちだ。そこにそれぞれの息子たちが参加したのでちょっとしたミスター・パーティとなった。47歳になるというので、吹き消すための蝋燭のオブジェを料理の合間に、ササっと作った。すべてが手作りだけど、フランス人は家に招かれるのをとっても栄誉なこととしている。一度家に招くとその関係は強くなる。日本もそうだけど、家の行き来で親しさが深くなっていくのだ。これはこの18年でぼくが学んだことでもある。

滞仏日記「フランスのお父さんの本音、聞きたくないですか?」

ぼくは料理が好きだから、招くことの方が多い。コツは、来客前にほとんどの料理を終わらせてしまうことだ。あとはビュッフェスタイル。みんなで飲んで騒いでいても、キッチンに行かないで済む。ママ友だと気を使うけど、パパ友はカッコつけないでいいので気楽だ。

旅先にいるロベルトの奥さんのリサからビデオレターを貰っていたので、全員で観た。ロベルトが恥ずかしそうにしている。全員、なぜか、コメントは差し控えた。ケーキに蝋燭を立てて、ぼくがバースデイソングを歌い、男たちが野太い声で合唱となった。パパ友、なんか暑苦しい。でも、可愛いね。

滞仏日記「フランスのお父さんの本音、聞きたくないですか?」

子供たちもみんな男の子たち、息子のクラスメイトだから当然か。彼らは子供部屋でわいわいやっている。お父さんたちは食堂を占拠して大声で語り合った。この人たち、日本人じゃないんだ、と途中で気が付いたらおかしくなった。顔が外人なのに、でも、昔からの同級生みたいである。みんな、一番年長のぼくのことをマエストロと呼ぶ。しかし、女子がいないというのも痛快なものである。男たちがウイスキーを舐めながら、最後は酔った勢いで昨今のセクハラの話しになった。

なんか生きにくい世の中だよ、と誰かが言った。ぼくら男だって、苦しいのに、と誰かが言った。ネクタイなんかしたくないのにさ、と誰かが言った。男だってセクハラされてるんだけど、証明が難しんだよな、と誰かが言った。いっそのこと新しい時代なんだから男女で世の中見るのやめてほしいな、と誰かが言った。フランスの女性は強いからね、と誰かが言って、全員で、指を唇に押し当てて、し~、と言った。ぼくは日本人だからわからない、と逃げといた。マエストロはずるいとロベルトが言った。みんなで笑った。フランスの男たちの本音は一冊の本になるくらいに面白い。ガールズトークならぬ、おっさんずトークである。ところで、奥さんたちは今、何してんの? と誰かが言って、全員で笑った。ぼくだけ笑わなかった。

滞仏日記「フランスのお父さんの本音、聞きたくないですか?」