PANORAMA STORIES
セーヌ川に沈む宝物 Posted on 2019/11/01 辻 仁成 作家 パリ
散歩をしているとセーヌ河沿いに人だかりができていた。なんだろうと思って近づき、覗き込むと人々の視線の先に小型船が、そして、何かを引き揚げていた。よく見るとその小型船にはGuppyと書かれた青いTシャツを着た三人の男たちが乗っていて、おお、バイクを引き揚げている。セーヌ川に沈んだバイクとか自転車を引き揚げている。多分、酔っぱらいや不良たちが川に投げ捨てたものであろう。思わず、足をとめて写真撮影を行った。船の上には錆びた自転車やバイクが山積みであった。
どうやってバイクや自転車の場所を突き止めているのだろう。よく見ていると、潜水夫がいて、潜って川底の乗り物にワイヤーを結び付けていた。結構、大変な作業で、いわゆるサルベージということになる。バイクが吊り上がる度、川岸の観客から大声援があがった。ぼくも一緒になって手を叩いていた。この連中、何者?
ネットで「Guppy」を検索すると「セーヌ川をきれいにしよう」というボランティア団体であった。ここのところパリではレンタルの電動キックボードや電動自転車、電動バイクなどが流行っている。パリ市は自動車の排気ガスを減らすために、きっと、こういう業者を認可したのである。いくらか払うと使えて、使い終わったら路上に放置できる。次の客がそこから別の場所へと移動に使う。その乗り物に充電すると充電料みたいなものがもらえるのでそれを生業にしている人たちまでいる。ま、それはそれでいいのだけど…。
一昨年あたりから爆発的にブームになっているけれど、正直、乗り捨てられたバイクや自転車やキックボードがパリの美観を損ねている上に、何より、放置された自転車とかが邪魔でしょうがない。たとえば車椅子などで移動する方々の交通を妨害しており、実はちょっとした社会問題になっている。
そもそもこれが乗り捨て式で、あちこちに放置されっぱなしなのである。川沿いの道にも乗り捨てられる。そういうのに不満を持っている人たち(酔っ払いとか不良とかも含め)が川に投げ捨てているようで、セーヌ川の川底は乗り物の墓場と化している。そこで登場したのがこの団体「Guppy」だ。彼らは青いTシャツを着て川に投げ捨てられた自転車らを引き揚げ、一か所に集める。それをバイクや自転車の運営会社にとりに来させている。個人のものはパリ市に通告しているようだ。知らなかった。「捨てる神あれば拾う神あり」ということわざがまさにピッタリ。彼らのサイトを見ると、廃棄バイクなどを探すために、最近では海中ドローンまで使用しているのだとか…。
人間とはまことに面白い。環境問題や便利さを追求するのはいいけれど、それが逆に自然を破壊していたりする。排気ガスを規制することからはじまり、電動レンタル自転車が流行って、使うだけ使って乗り捨てて、その後、川に投げ捨てて、つまりは地球を傷つける、いったいこの世界はどこへ行こうとしているのであろう。
Posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。