JINSEI STORIES
滞仏日記「息子の相談」 Posted on 2019/10/18 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「パパ、相談があるんだけど」と息子が言った。
「エルザが来週、日帰りでパリにやって来るんだけど、家でぼくが昼ごはんを作ってあげたいんだ。でね。メニューを一緒に考えてほしい」
ということでぼくらはメニューについて話し合うことになった。その前に、エルザの行程はというと、早朝一番のTGVでナント駅からパリに向かう。たぶん、駅までは彼女のお父さんが送ってくれる。息子君はモンパルナス駅で彼女を出迎える。それから二人でモンパルナス周辺を散歩した後、自分の学校を見せに行く。行きたいらしい。学校の周辺で、つまりいつも友達たちと遊んでいる広場なんかに連れていき自慢したいらしい(どういう自慢なんだ!)。その後、我が家に連れて来て、息子が昼ごはんを作る。ここがポイント。食後、中心部の若者だけが集まるデパート「シタディウム」へ買い物に行き、その後、甘いものを食べに2区の若者に人気の「ワッフルファクトリー」に向かう。美味しいワッフルを食べてから、息子のビートボクス仲間のたまり場で、演奏をする。で、19時にパパと合流し、週3回は通っているメイライおばちゃんの中華料理店に行き(エルザはいまだかつて中華料理を食べたことがないのだとか!)、息子が大好きな料理を、パパがご馳走する形で食べて、パパが運転する車でモンパルナス駅辺りまで行き、駅前で二人を下ろし、21時過ぎのTGVに乗せて、見送りをしてから夜道を一人で戻ってくる、というコース(手はず)であった。
「で、問題はランチなんだな?」
「うん、そうなんだけど、ワッフル食べるし、夜はメイライの中華だから、ランチは軽くにしたいんだ」
「じゃあ、お前の得意なカレー風味の焼きニョッキでいいんじゃないの?」
「それもちょっと添えるけど、ニョッキはお腹いっぱいになっちゃうから、サラダ・プレートみたいなのにしたいんだけど」
「いいね。サラダ・ニソワーズとかは? アンチョビが美味いよ」
「いや、あの子、魚が食べられないから」
「じゃあ、普通のサラダ・パリジェンヌがいいよ」
息子の顔が、パリジェンヌ、の響きでパッと明るくなった。それがいい!
「でも、どんなの? 買い物に行かなきゃ。一度作ってみるから作り方教えて」
「サラダ・パリジェンヌの中に入っているのは葉っぱ、ロメインレタスでいいよ。それから茹で卵、角切りのハム(ジャンボン)、茹でたジャガイモ、角切りのエメンタールチーズ、焼いたマッシュルーム、かな。これを和えるんだよ。で、オリーブオイルにマスタードをTスプーン一杯、バルサミコもちょこっと入れて混ぜたドレッシングみたいなものをぶっかけて、塩胡椒で完成。簡単だろ?」
「それにする!」
「足りる?」
「あとベーコンのオムレツなら作れるから、それと、脇にパンの代わりにちょこっと、カレー風味の焼きニョッキも添えるってのどう?」
「完璧じゃん」
やれやれ、とぼくは思った。でも、息子は喜んでいた。恋はどうやら順調のようである。何よりであった。