JINSEI STORIES
滞仏日記「久しぶりにムスコ弁当を作った」 Posted on 2019/10/15 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、滅多に連絡のない息子からメッセージが届いた。いつもは「OK」とか「OUI」など一言しか連絡の来ない子から、いくつかのメッセージが届き、何事か、と思った。フランス語なので、言い回しなど、ぼくには難しいところもあったが、一番長いメッセージは「台風のことをとっても心配している、日本で被災された方々の心に寄り添いたい」という内容であった。そして、コンサートが台風で延期になったことにも触れてあった。彼がぼくに対してこういうことを言うのも非常に珍しい。
papa ça doit être difficile pour toi je le sais, mais je suis fière de toi. Reprends de la force on est tous avec toi je suis avec toi papa
(コンサート延期の決断が)パパにとってとっても大変なことだったと思う。でも、ぼくはパパと共にいるからね、と書かれてあった。きっと、そういうニュースがフランスでもたくさん流れたのだと思う。息子からだけじゃなく、多くの友人から、日本を心配している、というメッセージが届いた。
ぼくは今、都内のホテルのような非日常的な空間にいるので、世の中の情報をあまり入手できないけれど、世界各国が今回の台風について注視しているのが伝わってくる。温暖化の影響がスーパー台風を生んだ原因だと指摘する欧州の学者の記事もあった。地球温暖化や気候変動の議論が欧州では続いているけれど、ぼくらは今回の大型台風の根っこにそれが関係しているかもしれないということを真摯に議論する必要がある。もし、温暖化がこの台風を生んだのだとすると、今後、このような台風が頻繁に日本を襲撃してくる可能性がある。そうなると、その度、川が氾濫することになるのだ。たまったものではない。気候変動の問題などない、と切り捨てる大国の経済重視の考え方は正直、無責任だと思う。
午後、NHKの「ニュース シブ5時」のインタビューを受けた。(11月6日に放送される予定)宝物を一つ持ってきて、それについて語るという内容だったが、ぼくの宝物は息子と二人で暮らしだした当初、よく使っていた曲げわっぱのお弁当箱であった。番組内で当時息子に作っていたお弁当を再現しなければならなかった。台風後のスーパーには食材もあまりなく、その中で買い物をして、子供に野菜を食べさせるために苦心した当時のお弁当を再現してみせた。コンサートが延期になった直後に心を切り替えて、お弁当を作っている自分が不思議であった。でも、当時の大変さを思いだすことができた。あの頃は全く余裕がなく、ただ、子供を育てることしか頭になかった。完成したお弁当をしげしげと見つめ、思わず、二人で生きた、この6年の歳月を振り返ってしまった。