JINSEI STORIES
滞仏日記「歩んできた自分の道のりを信じて」 Posted on 2019/10/06 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「パパ」と息子の声がstudioに響き渡った。
「今、みんないるよ。これから君の曲を演奏する。なんかみんなにメッセージない?」
そこで、ピアノのエリックが、今回はやっぱ来れそうもないの?、と仏語で言った。
「学校があるし、週末は彼女と会いたいんだ」
「OK、その方が重要だよね」
ぼくの携帯から飛び出す息子の仏語をスタジオ内のミュージシャンたちが微笑みながら聞いている。
「もう、大きいんですね」
ベーシストのトキエさんが言った。
「サリュ!」
ドラムのジョゼが一番スタジオの奥から叫んだ。
「サリュ」
でも、自分の曲がオーチャードホールで演奏されることを息子に実感させてやりたかったので、繋がるとは思っていなかったが、電話をしてみた。今まで一度も通じたことがないのに、通じた!!!
練習の束の間、ぼくらは盛り上がってしまった。
「あ、パパ、お誕生日、おめでとう。長生きしてね」
電話を切る前に、とってつけたように息子が仏語で言った。
ライブまで一週間を切ったので、連日リハも佳境に入っている。今のところ風邪もひかず、体調も悪くない。それにしても人が多い。バンドはぼくを含めて5人。そこに音響さん、楽器担当、舞台監督、スタッフなどが5~6名、ギター会社TAKAMINE、YAMAHAの技術者、さらにホーンセクションが3人、弦楽四重奏が4人、クラリネットやフルートまでぞろぞろ参加してくるので、最終日のゲネプロはちょっとしたオーケストラレベルになってしまうはずだ。けれども、熟練の音響さんやスタッフがいるおかげで、これまで経験したことがない音の重厚感と広がりが生まれつつある。
一曲目に、ぼくの代表曲をオーケストラっぽい感じで演奏する予定だが、自分でその出来上がったアレンジを耳にした時、震えた。自分の歌なのだけど、重みが違った。弦が響き合い震わせる空気がぼくの鼓膜に古く懐かしい景色を思い浮かびあがらせてくれた。長旅でちょっと心が疲れていたが、音楽にまたしてもぼくは救われることになった。積みあがっていくこの辻仁成楽団の音は繊細だが力強く、これまで一度も聞いてことのない音源に仕上がっている。フランス人のリズムと日本のグルーブが混ざり、そこに弦やホーンの広がりが加わっていく。ぼくは語り掛けるように熱唱をする。何よりも、エリック、ジョゼ、ジョン、トキエが国を越えて一瞬で一体になったのには感動があった。さすが「音楽に国境はない」のである。
今回のセットプラン、アイデアはぼくが出した。パリのナイトクラブ、たとえば戦前のピガールあたりのダンスホールをイメージしたボルドーカラーの重厚なカーテンの前で、パリの裏路地に立つ詩人がホールから漏れてくる音楽に耳を傾けながら、語り歌うとうイメージ。人生に疲れた男がその人生を振り返りつつ、生き甲斐や喜びや愛を取り戻していく、という小説的な設定である。
外枠は出来つつあるので、これをあと一週間以内に最大限、自分のイメージ通りに演出する必要がある。俳優であり、歌手であり、詩人である自分に演技指導を付けていくのだけど、辻仁成は、まさに生意気で一番理屈っぽく面倒くさくやりにくい役者ということができる。とは思いつつも、心配はしていない。ぼくはものすごく冷静なのだ。歩んできた自分の道のりを信じているからに他ならない。
※チケットはホットスタッフプロモーションの公式ページからも入手できますよ。
https://www.red-hot.ne.jp/play/detail.php?pid=py18327