JINSEI STORIES
退屈日記「パリの小物はなにもかも可愛い、自分へのクリスマス・プレゼントに」 Posted on 2020/12/24 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、誰からもクリスマスプレゼントをもらう予定がないので、というのは、今年は人に会うことがないから、じゃあ、自分のために何か、今年の思い出になるものを買おうと思って、ちょっと自分へのプレゼントを探した。
だいたい、素敵なものというのは向こうから近づいてくる。ぼくがぼんやり、たたずんでいると、同世代くらいのフランス人のマダムが、
「あなたはそんな顔をしていちゃダメよ」
と言った。
「え? わかりますか?」
「ええ、わかりますよ」
くすっと笑ってくれた。50歳くらいの言葉遣いの丁寧な、物腰のやらかいほんとに素敵なマダムだった。
不思議な出会いだ、とおもって、なにをされているの? ときいたら、クラフト、と言った。
「それは素晴らしい。見たい」
と言ったら、その人のお店に連れて行かれた。
すると、ぼくが探していたような、欲しかったものばかりが、そこにあったのだ。素敵じゃないですか?
「娘と一緒に作ってるのよ」
「これは何?」
「ろうそくに、刺して、普通のろうそくをとっても素晴らしいものに変える魔法の小物」
つまり、ブリキで出来たこれらの小さなオブジェをろうそくにくっつけることで、アクセントが出来、しかも、火をともすと、その影がゆらゆらと壁でたゆたうという仕組みであった。
「かわいい」
「ほら、いい顔になった」
「お名前は?」
「ルイーズよ。いつでも遊びに来て。可愛い世界を見て、元気になりましょう」
何気ない会話だけど、素晴らしくない?
見ず知らずの人で、もちろん、むこうは商売なんだろうけど、でも、そういう商い臭くないし、何か余裕がある。この人が素敵過ぎた。
ぼくはろうそくに付ける幾つかのブリキのオブジェを数点買った。
一つ1500円くらい。
またふらふらと歩いていると、かわいいサンタクロースがいたので、写真を撮っていると、中からマダムが出てきて、クリスマスがまた来たから、飾ったのよ、と言った。
「あなたは大事なものを見逃さない人ね」
と言われた。
「あ、そうかも。いつも、言葉を拾ったりしている」
と呟いたら、
「それは素晴らしい」
「ここは何のお店ですか?」
「オリーブオイル」
「入っていい?」
「どうぞ、どうぞ」
白髪のマダムだけど、すらっと背筋の伸びた絵に描いたような、というか、古い絵から飛び出してきたような、美しい人だった。
ぼくはなぜか、すぐに人と仲良くなる。
イタリア人のマダム、アンジェリーナさんは、ぼくに白トリュフとキノコのクリームソースで、鳥を焼いたらいいわ、と教えてくれて、とくとくと作り方を語り続けてくれた。
何にも迷わず、それを買った。
それが驚くべき程に美味しくできたのは、昨日の日記に譲るとして、そこのオリーブが本当に惜しかった。
ルイーズがスプーンにオリーブオイルを少し、注いでくれた。
舐めてごらんと微笑むので、ちょっと味わってみた。
フレッシュで、混ぜ物がない。舌先がピリッとする。それは新鮮な証拠だ。
イタリアのこういう食材は世界一だな、と思った。いい出会いだ。
オリーブオイルにちょっと塩をたらし、焼き立てのバゲットを付けて食べる、これ、本当に最高なんだよ。
「アンジェリーナ、また来るね」
「それがね、ここ仮の店舗で、来月、移転するのよ」
「どこに?」
「多分、西の方」
西の方、という曖昧な言い方が素敵だった。
ぼくは彼女に自分のメアドを教えた。
「移転したら、教えて、必ずまたいくよ」
「ありがとう? ところであなたの名前は?」
「ヒトナリ」
※結局、オリーブオイル、バルサミコ、白バルサミコ、そして、白トリュフのクリームを買った。
さて、人の出会いには必ず意味がある。いいものもあるし、悪いものもあるけれど、しかし、どちらも人生を成長させるということでは同じ方向を向いている。
一期一会というが、一期とは仏教語で一生をさす。
一期一会はもともと茶道の心得で、どの茶会も一生に一度しかないという気持ちで挑めということから来ている。この考え方はぼく自身の生き方とよく重なる。常に今日こそ人生なのだということであろう。
時間というものは過去から不可逆的に未来へと進んでいる、と人は誰もが思って生きている。
でも、そういう概念が人間に植え付けられてしまったせいで、これを否定すると、人間としてすこし問題のある人と思われがちだ。
ぼくは幼い頃から過去とか未来は存在しないと思い続けてきた。
なので、デザインとしての腕時計は面白いと思うから持っているけれど、道具としての意味や価値がぼくには全くないので、(基本)腕時計はしない。
時計の針がくるくる回るような感覚での時間という概念をぼくは持ってない。
たぶん、特殊な人間かもしれない。今日という単位と、今という単位があるだけだ。もっというならば、今日の自分は昨日の自分の続きでもないし、そもそも明日の自分などないのだよ。
たまに来世のために今生を生きていると信じる人と出会うけれど、そういう理由で、話がかみ合ったことがない。ぼくは常に今の中にある。
この瞬間だけに意味を求めていることの良さは、未来を恐れないこと、過去を後悔し続けないことである。
あれ、また余計なことを喋ってしまった。
えへへ。
新しい家の近くのコーヒースタンドの前で、馴染みのバリスタ、フレデリックに呼び止められた。
「ムッシュ~、猫背になってるよ」
「あ、そうだ、いけないね」
「ムッシュ、空を見て歩いたらいい」
「そうだね。じゃあ、いつものコーヒーを飲んでから、もう一度、歩き直すよ」
彼が淹れてくれるコーヒーは、多分、フランスで一番おいしい。
いろいろの種類のコーヒーがあって、その時の気分で挽いてくれるから、新鮮だし、毎回刺激的だし、いわゆる、フレンチコーヒーだ。
「美味しい」
「今日のはクリスマス・メラジュっていう」
「へー。微かな酸味、ロースト加減、最高」
その時、店の前に置いてあったマグカップに目が留まった。
「何、これ?」
「若い女性アーティストが、置かせて、というから、どうぞって、一期一会だから」
「出会いだからか、いいね。買う」
なんで買ったかというと、取っ手、握るところが、普通う一つだけど、二つもついてるのだ。
邪魔でしょうがない!!!!!
毎回、どっちを掴んで飲むか悩むし、間違いなく、もう片方は邪魔になる。でも、こういう小物、珍しい変なものが大好き。
しかも、色がきれい。
「ひとつください」
「プレゼント?」
「自分に」
「それは、素晴らしい。メリークリスマス」
ああ、また、生活が楽しくなる。
ぼくはこういう出会いが大好きだ。
小さくて、可愛いお気に入りたちに囲まれて生きる、毎日が好き。
世の中は暗いけど、ぼくの心にはささやかな光りがさしている。
さ、この新しいマグカップでコーヒーを飲んでから、今夜の子供パーティの準備をしなきゃ!
メリークリスマス!