JINSEI STORIES
滞仏日記「将来について悩む息子へのアドバイス」 Posted on 2019/09/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「パパ、ぼくは将来、何をしたいのかまだわからないんだ」と息子が言った。
「まだ、いいんじゃないの、それで」
「でも、高校の先生たちは何になるのかを決めて進路を今の段階で決めろという」
「ま、そうかもな」
「でも、ぼくはまだ自分の将来を決めきれないでいるし、何になりたいのか見つけられないんだよ。どうしたらいいと思う?」
彼が進んだ高校は理数系で、どちらかというと文系の息子にはそれなりの悩みがある。日本人であることも影響している。そこで「将来」どうするのか、という議論を真剣にやった。厳しい学校で「優秀な学校に上がらない生徒は必要ない」とはっきり宣言するようなスパルタ学校なのだ。でも、彼は一日中音楽制作をやり、バレーボールクラブに入ったので週三回は専門的な指導を受けているし、どちらかというと体を動かすことやモノづくりが好きで、理系が弱い。この高校、図画工作や音楽の授業を今年から廃止してしまった。その分、化学、数学系が増えている。とにかく優秀な生徒をいい大学にいれることだけを目指している学校で、説明会の時に「文系の子はここに来ない方がいい」と校長が保護者の前で言い切った。もちろん、それを分かった上で入学したのだけど、15歳とか16歳の時期に自分の将来を決められるわけがないし、でも、進む大学については一応現段階で学校側に言わないとならないらしい。そこで家族会議となった。
「パパは君くらいの時に表現者になると決めたので今日までそこは迷いがなくやってきたよ」
「パパはそれでよかったと思う。でも、ぼくは違う。音楽は好きだけど、それは趣味でいいと思ってる。もっと何か自分にしかできない仕事がないかと思ってる」
「やりたくないことをやっていたら心を壊す。パパからのアドバイスは自分を偽り無理をしてお金や社会的な成功を掴むよりも、自分が好きなことのために一生を生きることを本気で目指す方がいいということだよ。好きなことなら続けられるけど、好きじゃないことは続かないのが人間だ。好きな仲間たちの中でなら楽しくベストを尽くせるけど、嫌な職場で心を病んで生き続けるのは絶対にやめた方がいい。お金目当てなら我慢してやりな。お金が目当てじゃなく、幸せを取りたいなら、好きを極めた方がいい」
「わかった。好きなことなら続けられるけど、好きじゃないことは続かないって、その通りだね。好きな仲間たちの中でなら楽しくベストを尽くせるってのもよくわかる。その逆を選んだら辛い人生になるってことだね、考えてみるね。ありがとう」
「どういたしまして」
日本の企業のトップ(かなりの企業である)が最近やたらパリにやって来る。同世代の連中なので、「何しにきたの」と訊ねると「ヘッドハンティング。日本には人材がない」というのだ。「クリエイティブな技術者を探して世界中飛び回っている」のだとか、彼らを高額で雇って日本に連れていき技術を開発していく、というので、ぼくは一瞬目の前が暗くなった。日本はクリエイティブが育たなくなった、とその一人の経営者が不満を口にした。クリエイティブな若者を育てる環境がないんだよ、と続けた。なるほど。
学校が教える勉強だけじゃ、これからの世界では仕事を見つけにくいということなのだ。じゃあ、どうすればいいのか、を考えないとならない。発想力をどうやって子供たちが見つけることが出来るのか、そこだと思った。
「とりあえず、高校生活を思いっきり生きなさい。好きなことは全部やりなさい。今、そのことを決める必用はないし、これだと思うものが見つかったら、そこにのめり込みなさい。そこが君の強みになるはずだから。父ちゃん、ぜんぜん応援するし、相談に乗るよ」