JINSEI STORIES

滞仏日記「息子の愛国心」 Posted on 2019/09/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、なんだか、昨日、まじまじと息子の顔を見たのだけど、顔つきが変わってきていることに気が付いた。幼い頃は日本人らしさがあったが、高校生になったからだろうか、身体も大きくなり、髭も生えて逞しくなったからだろうか、でもやはり一番は言語の問題かもしれない、文化、風土、しきたりなどのせいもあるだろう、フランス人に見えて仕方がない。

19日にパリでライブがあるのでその関係の仲間たちが集まって軽い食事会をうちでやった。そこに参加している息子がフランス人に見えて仕方なかった。自分の子なのに、彼が話すフランス語を理解できないという不思議を改めて痛感した。しかし、フランスは移民の国なので、中華系、アフリカ系、東欧系の子供たちは流暢なフランス語を話すが、親は(ぼくみたいに)片言しか話せない人が多い。ビザの更新などに警察に行くと、子供たちが親の通訳をしていたりする。マクロン大統領ともめているブラジルの大統領がフランスのことを「パリなんか移民だらけで」と揶揄していたけど、パリは確かに移民が多い。移民の方が多いかもしれない。フランスのサッカー代表はほとんどがアフリカ系だからか、応援していると不思議な気持ちになる。

でも、その混ざっている感じが今のパリの実際の姿であり、日本人が思う「おフランス」的なるパリではないもう一つのマージナルなパリが観光地以外を埋め尽くしていて、そこからアートやヒップホップが生まれ、フランス人に強い刺激と揺さぶりを与え、新しいフランスを創造している。テーブルの一角に座る息子は外に出たらフランス社会人なのだ。

パリに渡ってすぐの時に、ビザの申請などを請け負ってくれた日本人の人がいて、「辻さん、息子さんはここで生きていくとフランス人になりますよ。いいんですか? 」と言われたことがあった。今、そのことを強く実感している。息子が彼の仲間たちと話す世界にどんなに頑張ってもぼくなど入り込む余地がない。自分の子が生きる世界が自分が育ってきた世界とは異なっていることを認めないとならない。

彼はフランスで生まれたくて生まれたわけじゃない。親の都合でここで生まれた。彼はその後ずっとフランスの教育を受け続けてきた。外見は日本人だけど、中身はフランス人なのである。だから、昨日みたいに「ニンハオ」とからかわれると、自分がフランス人とみなされてないというショックに見舞われる。ぼくだったら「スパシーバ」と返すところを、息子は真面目に受け止めて、自分の生い立ちについて考える。

日本のことが大好きだけど、彼はフランスに対して「愛国心」を持っている。彼にとって日本は先祖の国であり、憧れる国だけど、フランスは自分の生まれ故郷であり、自分が生きる世界だと知っている。日本に滞在している時、ワールドカップだったかなんかの試合をテレビで一緒に見ていた時、フランス国歌、マルセイエーズが流れ出したら、彼は起立し、胸に手をあてて選手たちと一緒に大声でフル歌い切った。その時、後ろにいたぼくは衝撃を覚えた。ビザ請負人が言った「フランス人になりますよ」を目の当たりにした瞬間でもあった。海外で生まれた多くの日本人たちが同じように世界の片隅でうちの息子と同じ悩みを抱えながら生きているだろう。この子たちは自分のアイデンティティと常に戦い、差別や存在意義などを自分自身で探しているのだと思う。

我が家では「家の中でのフランス語禁止」というルールがある。それは日本人である誇りと精神世界を持ち続けてほしいとの親側の願望で作ったルールだ。それを彼は破ったのではない。越境していくのである。彼の好きな日本は日本人が気づいていない、たとえばフランスの若者が大好きな日本に近い。彼が仲間たちに誇る日本の素晴らしさはぼくらが気づいていない全く別の日本だったりする。息子は「ぼくはいつか、日本とフランスを繋ぐ仕事がしたいんだ。日本の素晴らしさを欧州に届ける仕事につきたい」と言ってる。その日はそう遠くないのかもしれない。

滞仏日記「息子の愛国心」