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滞仏日記「息子の恋をどこまで規制すべきか」 Posted on 2019/09/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、我が息子のパリの親戚がわり、リサとロベルトとシャンゼリゼのチャイニーズレストランで夕食会議を持った。議題は「息子の恋をどこまで規制すべきか」である。恋人エルザの家に今月半ばの週末に泊まりに行きたいと息子から申し出があった。
「最初は反対だったけど、この間、ご両親にも会ったことで、先方の親が認めてくれたんだ。ゲストルームがあるので一泊したら、ということになった。土曜日の朝に行き、日曜の昼にはパリに戻るので学業に影響はないから、いいでしょ?」
と言うので、僕一人では判断できないから、リサとロベルトの意見を聞くことにしたのだ。

滞仏日記「息子の恋をどこまで規制すべきか」

リサはフランス人、ロベルトはイタリア人。彼らの息子アレクサンドルと我が息子はまるで兄弟のように仲良く育ってきた。幼稚園、小学校、中学校、そして高校までの長い付き合い。まさに家族同然なのだ。しかも、リサは教師をやっていたので相当な教育ママでもある。
「ひとなり、それはいくら先方の親がいいと言っても、私なら許可しないわよ。なぜなら、彼らはまだ15歳で、未成年だからよ。それに高校生になったばかりで、今は学校のことをちゃんとやらないとならない大切な時期でしょ」とリサ。
「つじさん、泊まらせるのには僕も反対だよ。恋がスタートしたばかりなのに展開が早すぎる。会うのは自由なので、ナントまで日帰りすればいい。何も泊まる必要はないんじゃないか」とロベルト。
「日本はどうなの? 日本は15歳の男の子が女の子の家に泊まること許されているの?」
「う~ん、よくわからないけど。先方の親の監視があれば、泊まる子もいるかも。でも、出会うのはだいたい同じ地区とかだから、そもそも泊まる必要はないし。二人の場合、ネットで知り合い、遠距離恋愛だから、泊まらないと会える時間が短いので、そうなったみたいだよね」
「つじさん、それにしても彼らはまだ15歳だ。僕が娘を持つ親だったら、絶対に泊めないな。間違ったメッセージを与えてしまう可能性もあるからね。まだお互いをよく知らないし。エルザの親と、そもそも、つじさんは会ったの?」
「いや、会ってないよ。そうなんだよね、エルザとは会ったけど、親のことは知らない」
「なら、なおさら、そこはきちんと線引きをするべきだわ。悪い方たちではないと思うけど、知らないでしょ? 知ってから判断をするべきだと思う。フランスは18歳から成人になるので、そこから先は自分たちの判断で好きにすればいいと思うけど、まだ彼らは未成年なんだから」

「つじさんはどう思ってるの? あなたが親なんだから、あなたがいいと思うなら、僕らは反対できないよ」
ここで言葉が詰まってしまった。ぼくの片言のフランス語ではこの複雑な思いを説明するのは難しい。ぼくは息子を信じているし、彼なら大丈夫だという思いは強い。頭ごなしに交際を反対したくもないし、出来れば応援してやりたい。でも、彼らの不安はよく理解できる。ああ、この辺のニュアンスを伝えるだけの言語力がないのだ。時々、英語や時にはジェスチャーを混ぜながらぼくらはやり取りをしている。
「おおむね君たちの意見と一緒だよ。まずは、明日、息子と話をしてみる。ただ、問題はコミュニケーションの問題なんだ。息子はフランス語人で、ぼくは日本語でしか意思を伝えられない。こういう複雑な話になると言葉が邪魔をする。思春期の彼を傷つけないで納得させるために、どうするか?うまく説得したいけど、ぼくのフランス語で説得できるかちょっと不安もある」
「ひとなり、もし差し支えなければ、あなたがうまく彼を説得できない場合、私でよければ彼と話をします。親の年代の女性の立場できちんと説得できると思うわよ」
「ありがとう、リサ」
「つじさん、僕にとっても彼は息子同然だから、必要なら二人で会って、アドバイスすることもできるよ。そこは心配しないで、まず、泊りに関しては許可できない、とはっきり言った方がいい。日帰りで会って来い、で済むはずだよ。訊かれたら、未成年だから、と告げればいい。もう少し細かいデリケートな部分は僕らが彼と話をするから」
 「ロベルト、ありがとう」
 さて、このことをどうやって息子に納得させるか、である。それは明日に委ねることにしよう。 

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