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滞仏日記「人間は何度生まれ変わってよし」 Posted on 2019/08/17 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、だんだん、焦って来た。同時に、だんだん興奮してきたし、盛り上がって来た。スタッフや関係者とのやりとりも頻繁になってきた。還暦還暦と騒ぎたくないのだけど、一生に一度の60歳のめでたいバースデイライブなので、ここは生涯で最高の舞台にしてみせる。還暦とはもう一度生まれ変わる年齢なのだとか。しかし、人間はきっと何度でも生まれ変わることが許されているのじゃないか。自分の人生を死ぬまで捨てる必用はないし、誰かに気兼ねする必要もない。堂々と生きたらいいのだ。

ライブはパリでも東京でも長年続けてきたが、やはり憧れのオーチャードホールだからか、気合の入り方が違っている。いつも一緒にライブをやっているフランスのバンド(SAMURAI MUSIC)と日本のバンド(辻仁成グループ)がこの日、合体するのも嬉しい。そこにホーンセクション、弦楽四重奏、クラリネット、などが加わり、総勢12名の大所帯になる。ECHOESの「東京」からステージをはじめる案が最有力だが、この辺はまだどうなるのかなぁ、蓋を開けるまでのお楽しみだ。オーチャードホールだから、バラードやジャジーな曲が中心にはなるが、後半はのりのりで攻めたい。決定した曲のアレンジ作業が始まっている。どんな風に弦やホーンのアレンジが行われるのか楽しみだ。間違いないのは、言葉(歌詞)と歌を中心にしたしっとりとしながらも、力強いコンサートになること。バラードが中心にあっても、ロックに変わりはない。僕は60歳になる。60歳の男がその生涯を振り返りながら歌い上げる一つ一つの曲の中には歴史があった。どうしてもこの日に歌いたい曲ばかりだけど、残念ながら選から漏れる曲も出てくるだろう。これはもう相当に辛い決断である。ソロ時代の代表曲「レイン」などにはやはりホーンセクションを入れてソウルフルに歌い上げてみたい。このかすれ声も、60を前にいい感じで仕上がって来た。ずっと歌い続けてきたからこその今だ。40代、みんなにもう歌はやめろと言われ続けながらも、アメリカ東海岸ツアーを二回もやった。ニュージャージーやマンハッタンでも、欧州でも、パリでは15年も歌い続けてきた。歌えない時はセーヌ川の河畔で歌った。日本ではライブハウスで定期的に歌っている。いろいろと言われながらもちゃんと続けてきた。誰の人生でもない、自分の人生だからだ。歌っている自分が一番好きだからだ。だからこその10月12日はその頂点の日にしたい。

オーチャードホールはクラシックやミュージカル向きに設計されたホールでもあり、フランスで言えばオペラ座、アメリカならカーネギーホールのような三階まで物凄いストローク勾配のある作りで、生声でも対応が出来る。その分、大きなPAを入れることが難しいのでロックには適さないと言われてきた。先日、下見を兼ねて見させていただいたポールヤングとコリーハートのライブはしかし十分に迫力のある音響だったので、負けないように魂はロックでいく。でも、ホールの特質上、バラードには定評があるので、じっくりとこのしわがれ声でお客さんと一体になりたいと思っている。体調は万全である。毎日、走っているし、腹筋も背筋も鍛えぬいている。あとはそこへ向かうだけだ。

ライブまで二か月を切ってしまった。ECHOES時代の代表曲をはじめ、解散後のソロ時代、最近の曲、新曲「トワエモア」まで今僕は自分の歴史と向き合っている。20曲じゃたりないというのが本音である。高校生の息子が飛び入りできるかはフィフティフィフティだけれど、なんらかの形で同じステージを共有したい。あっという間に、10月12日は来てしまうだろう。皆さんを絶対にがっかりさせない、最高のルネッサンス・ライブにしてみせる。万全を期し、死力を尽くす。よく生きた、と母さんにも言わせてみたい。そうだ、会場で笑顔で会いましょう。

チケットの購入先は以下になります。本当に、ありがとう。頑張ります!
https://www.red-hot.ne.jp/play/detail.php?pid=py18327
 

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