THE INTERVIEWS
ザ・インタビュー「写真家 SAP CHANO の凄み」 Posted on 2019/07/16 辻 仁成 作家 パリ
知り合いから一冊の写真集を手渡され、何気なくページを捲ったが、その迫力に圧倒されてしまった。アフリカのコンゴ民主共和国の若い人たちにとってヨージ・ヤマモトは神様なのだという。その迫力、そして、黒一色に包まれた美しさ。写真家SAP CHANOが見たもう一つの SAPEUR(サプール)を読者に届けたい。
サプール(SAPEUR)とはフランス語で、Société des ambianceurs et des personnes élégantes「エレガントで愉快な仲間会」という意味のフランス語の頭文字を省略したもの。砕けた言い方だが、sape(サップ)とは服を着るという意味でも使われている。ザ・インタビュー、写真家、SAP CHANOの凄み。
辻 いやあ、凄い写真集でした。この「Yohjiを愛したサプール」のインパクトというか、画像から伝わって来るメッセージがすごく大きくて。この一冊でひとつのスペクタクルを観ているみたいだった。どうやってこの人々の熱気やサークルの中に入ったのか、とか、サプールについても聞きたいのですけど。
SAP CHANOさん(以下、敬称略「サプ」) 辻さんはサプールのこと知ってましたか?
辻 何年か前に日本でも話題になりましたよね。といっても詳しくはわかりません。中部アフリカの人たちがファッショナブルに決めてるっていう程度の情報を雑誌で読んだくらいですけど。それを覚えていたので今回反応しました。あのサプールか!って。
サプ 日本でも流行ったんですが、世界的にサプールが出てきたのはギネスビールのCMなんです。2014年にヨーロッパだけで放映されたんですけど、それが、Brazzavilleのサプール。カラフルな服を着た方のサプールを紹介していたんです。
辻 Brazzaville(ブラザビル)というとコンゴ共和国の方ですね。
サプ この写真集の黒い服を着ている方のサプールはコンゴ民主共和国で、Kinshasa(キンシャサ)、元ザイールの方なんですけど、こちらはあまり知られてなかった。だいたい日本もそうだけど、「サプール」というとカラフルな服の方をイメージするんです。Brazzavilleの方のサプールは、もともとイタリア人カメラマンのダニエーレ・タマーニという人が最初に撮って、その時にポール・スミスが序文を書いたんですよ。その写真集が結構イギリスで売れて、それで日本の出版社が日本語版を出すことになってそれも結構話題になりました。ちょうどその写真集の日本語版が出る時に、僕の写真集も出るというタイミングで、かぶっちゃうので半年くらい待って出したりしたんですけどね。向こうはポール・スミスの序文で、だから僕は序文を山本寛斎さんに頼んだ(笑)。
辻 どうして今回Kinshasaのサプールを撮ろうと思ったのですか?
サプ 僕はずっとサプールを追いかけていましたが、ある日、Kinshasaの方のサプールを取材に行って、その時にやたら黒が多くて、みんなジャケットの内側のブランド名が入っているグリフを見せてくるわけですよ。見せびらかしてくるのをよく見てると、みんなYohji Yamamotoを着ているわけ。それで、おかしいな、本当にこの人たちヨージしか着てないのかなと思って、それでもう一回取材に行ってもやっぱりヨージばっかりで、これは面白いと思った。サプールっていうのはカラフルなサプールだけじゃない、ヨージに心酔している人たちがいるということを知ったんです。それで取材を重ねて写真集を出すことになりました。
辻 元ベルギー領側Kinshasaのサプールがヨージで、フランス領側Brazzavilleのサプールはカラフルなのですね。
サプ もちろんBrazzavilleの人もヨージのことは知っているけれども、Brazzavilleの方で黒の衣装を着ている人はほとんどいない。またその逆もない。両コンゴを挟む河ってボートで5分の距離なんだけど、もともとひとつのコンゴ王国だったものが、植民地がフランスとベルギーに分かれちゃって、ファッションのセンスも変わっちゃった。ここを行き来するにはVISAもいりますしね。
辻 なるほど。おもしろいですね。
サプ 僕のアシスタントはフランス人なんだけど、パリのコンゴ民主の大使館が機能してないから彼はKinshasaのVISAが取れなかったの。僕は幸いにも日本の大使館が機能してたから日本で普通にVISAが取れた。フランスでも取れるんだけど、フランスで取ったVISAだと入国させてくれないこともあります。
辻 それにしてもこの写真集の迫力というか、ページをめくる度に立ち上がってくる気迫が凄い。写真はどれもかっこいい、例えば僕が感動したのは最後の方なんですけど・・・。
サプ これ面白いのはね、よく見ると「中野」とか日本の名字が書いていてね、日本の古着屋から回ってきてるの。日本のスーツって名前入れるでしょ。それが入ってるジャケット。中野さんの服もね、随分長い旅をしてそこに辿りついてるんだよね。Yohjiの横で中野を着てる人がいるの(笑)。
辻 群衆のど真ん中で、しかも張り付くように人々に接近して撮影している写真があるんですけど、これは何の集会なんですか?
サプ ステルボス・ニヤルコスという、サプールを物心共に支えたっていう方の命日のイベントです。この人は、麻薬がらみでフランスの刑務所に入ってそこで死んだんだけど、サプールからは愛されていて毎年追悼のイベントがあるんです。たまたまその追悼イベントに遭遇したので取材しました。
辻 僕はこの写真が好きなんですけど、なんとも言葉で表しにくい、すさまじい迫力とその中に潜む人間の本質を見ているような・・・。それにしてもここまで迫力ある人たち、群衆の中に、僕なんか怖すぎて入れないな、ここには。
サプ カラフルな方のサプールって割と真面目というか、怖くないんだけど、こっちはもう、怖くってねえ。大丈夫かなこの人たちとか思っちゃう。この時はBrazzavilleのサプールが来たいって言うから一緒にKinshasaに連れて行ったんですよ。そしたら、最初は良かったんだけどその当時、Brazzavilleの政府がKinshasaからBrazzavilleに移住している人たちを20万人くらい強制送還したんですよ。なぜかというと、Kinshasaの人たちがBrazzavilleで凶悪犯罪を結構重ねたわけ。それでBrazzavilleの政府が怒っちゃって、無条件に強制送還したんですね。一般の人たちは関係ないのに強制送還されて生活が大変になって、だからBrazzavilleの人たちに対してすごい反感をもっていたんです。そこにBrazzavilleのサプールたちが行ったもんだから、最初は良かったんだけどイベントの終盤になってきたらあちこちで悲鳴が聞こえ出して、なんか飛んでるなと思って上を見たら握りこぶしくらいの石があちこちから飛んでいて、BrazzavilleのサプールとKinshasaの大サプールが手を組んで走って逃げてきたりするわけ。僕も何が起こってるのかよくわからないから騒然となってるところを逃げましたけど。後で写真のデータ見たらでっかい石が写ってた。当たったら死んでるくらい大きな石でした。
辻 しかし、ここに飛び込んでしかも、カメラを向けるってすごいですよね。踊ってる人とかよく撮らせてくれますよね。
サプ この人たちはまずは自分が目立って、撮ってもらわないと嬉しくないの。彼らは僕がカメラを向けることで満足する。自分が撮られないってことはダメだってことになっちゃうから。ジャケットの内側を見せてるのも「どう、俺の服、かっこいいだろ」っていう自慢。
辻 そうか、彼らはファッションに対する意識がすごく高い。だから、自分のファッションを見てくれよ!ってことなんですね。それはカメラマンにとってはちょっと利点でもある。
サプ すごい撮りやすいです。だから、常に気をつけているのは「背景」だけ。Brazzavilleもそうだけど、絶えず背景だけどこに何があるかを頭に入れてます。
辻 これは何日間くらいで撮影をしたんですか?
サプ 長い時は3週間ですかね。短い時は1週間くらい。6回行きました。
辻 この人、すごいしてやったりの顔してますよね。
サプ ようやく俺にカメラを向けたかって顔ですね(笑)。
辻 この写真集、問題はヨージさんだと思うのですが。ヨージさんがこれを許可するまでというエピソードがちょっと気になります。なかなか正式ルートで許可されなそうな気がするのですけど・・・。
サプ 全然ダメでした。最初、ヨージさんとは知り合いだからプライベートで会ってる時に今度こんな本を出すからって話をしてたんですけど、ヨージさんは「いいよいいよ」って言ってくれるんだけど、でも一応会社を通さないといけないってことで会社に行ってみたら全然ダメで。二次著作権の問題が絡んできたりするので、向こうも使用するなら権利を主張したいみな。だけど、出版社は名前を使ってもお金は払いたくない。それで許可が出るまで3ヶ月くらい待ってくれと言われて、出版社は待てないのでもう「Yohji」という名前は入れなくていいという話にまでなったんですけど、でも名前が出なかったら写真集の売れ行きにも関わってくるから・・・。困っていたんですけど。
辻 売れ行きというよりもう、この本の本筋が変わってきてしまいますもんね。「Yohjiを着た」ってことに大きな意味がある。
サプ そうなんです。だから、無視してやろうかとも思ったりもしましたよ(笑)。写真展の中で使うムービーの作品にはヨージさんの名前が出たものもあって、だけど写真展は一過性のものだからヨージさん側も容認してくれたんです。でも、写真集は残るから・・・。それで、たまたまパリコレでヨージさんのファッションショーがあったので見に行って楽屋に行ったんですね。そこにはちょうどヨージさんと会社の役員の方がいて、挨拶して、ここぞとばかりにラフをだして、これ使っていい? って聞きました。そしたらヨージさんが「大丈夫だよ」って言ってくれて、役員の方に「聞きましたよね?」ってその場で確認して、ゲット(笑)。ちょっとずるい手を使いました。
辻 そういうところもサプちゃんの人間性が前面に出てて面白いよね。この状況をヨージさんは知ってるんですか?
サプ 一応フランスのメディアからコンゴで流行ってるよってのいうのは聞いていたみたいです。だけど、ここまでとは知らなかったんですよ。写真展に来てくれた時にムービーを見せたら「えー」とか言ってた。
辻 コンゴに行ったらいいのにね。
サプ コンゴの人はみんな来て欲しいと思ってるから、「一緒に行かない?」って誘ってるんだけど、安全なのかどうかわからないから躊躇してるみたい。
辻 ていうか、サプちゃん、僕と同い年だね(笑)。
サプ そうそう、1959年10月生まれだからほとんど一緒(笑)! 僕は還暦になるのすごく嫌なんですよね。
辻 何言ってんの、還暦ビビってたら、こんなとこ行けないよ(笑)! 生きてることを前面に出せるってすごく大事で。この写真集からはそれがにじみ出している。あなたは本物の写真家だと思う。人間の距離感というか、何mmのレンズかわからないけど、カメラを持って近づいて行ってるのがわかる。逃げてない感じがすごくいいな。
サプ サプールを撮るのはほとんどLEICAQていうカメラを使っていて、レンズ交換できないんですよ。だから、全部28mmで撮ってます。
辻 いやあ、いい写真だな。全部目に焦点が合っているっていうか、目に物語がある。この人はサングラスをかけてるけど、その向こうにある目がきちんと見える。みんなの仕草がこっちに向かっているってのがすごいなって。撮ってくれよオーラがすごい。僕は音楽や演劇、映画もやるし作家でもあるわけだけど、要は人間が何かってことを伝えるために表現をしているだけなんです。音楽であれば自分を伝えるし、小説であれば観念を伝える。一番人間の距離感とか目とか、何をこいつは言いたいのか、何を見てるのか、何を伝えたいのか、そういうことだけに興味がある。それが僕の仕事であり、遊びなんだけど、この写真集からまさにその精神が前面に出ていて、この59のオヤジ、俺に似てるなって思いました(笑)。これを伝えるには言葉よりもサプちゃんの写真を見るしかない。ほら、この人の顔とかすごく好きなのよ! この靴を持ってるのとかもすごいけど。
サプ この人はね、本当に怖かった(笑)。靴はね、みんな本当に高い靴、10万円くらいする靴を持ってるの。クロコダイルの靴が最高級だから、その上等な靴を口にくわえたり頭に乗っけたりして。それを履きつつYohjiを着てるってもう最高級に金使ってるぞって自慢なんですよね。
辻 今までになんか面白いハプニングとかありましたか?
サプ この人たちって結構話を盛るんですよ。過去、10人くらいのサプールを日本に招聘したこ とがあるんですけれども、”日本を旅するサプール”というコンテンツを撮っていた時に皇居とか、銀座とか、いろんなところで撮影したんですね。そしたら、皇居で撮影した人が皇居で写した写真を持ってコンゴに帰って、当然コンゴのメディアは初めて日本に行ったサプールということで大々的に取材をするじゃないですか・・・。
辻 なるほど、わかった(笑)。天皇陛下のお招きを受けたってことになったんですね。すごいほら吹きじゃないですか(笑)!
サプ その通り(笑)。
辻 ところで、日本でサプさんのイベントがあるそうですが。
サプ トークショーはよくやってるんですけど、僕は今沖縄に住んでいるもんですから、沖縄のジュンク堂でトークショーをやることになって、そのまま北上して全国のジュンク堂ででトークショーをしようという話をしてます。たまたま今日このインタビューをしているカフェがパリのジュンク堂のすぐ近くだから、挨拶して帰りますよ。「機会があればここでもやりたいな~」ってアピールして来ます!
辻 ぜひぜひやって欲しいですね。今日はありがとうございました! これからも迫力ある写真、楽しみにしています。
SAP CHANO: http://www.sapchano.com/
posted by 辻 仁成