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ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く Posted on 2021/09/10 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス

ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く

出会いは、よく行くワイン屋さんのご主人から、地元でユニークなワインを造っている女性がいるよと教えてもらったのがきっかけだった。馬で畑を耕しているという。興味がわいたのは、家に帰ってその赤ワインを飲んでみたら、あまりに力強くて優しい味わいだったから。カリニャンというブドウ品種だけで造られた珍しいワインだった。こんなワインを造る女性に会ってみたいと思った。

体が大きくて、見るからに頑丈そうな女性を勝手に想像していた私は拍子抜けした。とても小柄で、日に焼け、髪を後ろで束ねた、飾り気のない少女のような女性。ドリス・モセさん。プロヴァンス生まれの47歳。13年前からブドウを育て、ワインを造っている。30代前半までは、農業の手伝いをしたり、ホテルで働いたり、クルーズ船のキャビン係をしたりと、一定の職にもつかず、一定の場所にもとどまらないノマド的な暮らしをしていたそう。
「今思えば、それは自分探しの旅だった。でも、その途中に気がついたの。じつは生まれ故郷にこそ、学ぶべきことがたくさんあるんじゃないかって」

プロヴァンスのような田舎に生まれ育つと、この地の魅力に気づく前に、よそへ旅立ってしまう人が少なくない。私の相棒のダヴィッドも、今でこそプロヴァンスをどこより愛し、根を下ろしているが、ドリス同様、20〜30代にかけては、パリ→ニューカレドニア→日本と外の世界で生き、ある時、故郷の素晴らしさに気づき、帰国した口である。外に出たからこそ故郷のいい面がよく見える、ということもあるだろう。
 



ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く

さて、ドリスさんはプロヴァンスに戻り、ベテランのワイン醸造家クロード・モラールさんとの出会いが大きな転機となった。ブドウ栽培の研修や実習を受け、「あなたはブドウ栽培者になる素質があるね」と言われた。
とはいえ、資質だけでかんたんにブドウ栽培者やワイン醸造家になれるというものではない。まず資金がいる。彼女の場合、師匠クロードさんや友人に助けられ、いくつかの小さなブドウ畑を借り、購入し、現在、60〜80年の古木の畑を合計5ヘクタール持っている。ブドウ畑の規模としてはとても小さいが、それがドリスさんの全宇宙だ。
けれど小さいからこそ、手摘みで選定しながらブドウを収穫し、薬剤散布もごくわずかに抑え、BIO(有機栽培)の認定マークも取得するなど、こだわりを貫けている。
 

ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く

ザク、ザク、ザク、ザク…、スキで畑を耕す音が、静かなプチ・リュベロン山塊の麓に心地よく響く。馬の鼻息と人間の呼吸が、まるで夫婦のようにぴったりと合っている。馬の名前はミストラル。プロヴァンス名物の北風から名付けられたどっしりと安定感のある力強い馬。ミストラルがスキを引き、盛り土を取り除きながら土を起こしている。

ドリスさんは1年に3回(春・夏・晩秋)、馬に畑を耕してもらう。フランスで馬耕がメジャーかといえば、日本同様、まったくもってマイナーである。有機栽培のイメージづくりと皮肉をいう人もいるが、ドリスさんはそういうタイプでもなければ、まして懐古主義者でもない。始めたきっかけは、もっと現実的な経緯だった。
「土を耕すためのトラクターがない、投資する資金もないと途方にくれていたら、友人が馬を使ってみたら?と助言してくれて。それで馬耕のプロのオリヴィエさんに頼んでやってもらったのだけど、馬が私のブドウ畑に入り、一歩一歩ゆっくり進みながら土を耕すその音を聞いていたら、涙が止まらなくなってしまった」。それは、自分にふさわしい解決策が見つかった安堵の涙だった。
「私は何をするにも時間がかかる性格なの。日の出とともに起き、日の入りとともに眠る。自然のリズムこそが、私にふさわしいリズム。だから、馬のリズムで大切な土地を耕すのはすばらしい方法だと思えたの」。
それ以来、オリヴィエさんとミストラルに定期的に耕してもらっている。トラクターを買うよりずっと安いし、細かな調整がきいて正確に耕せ、ガソリンも食わず、馬糞は肥料になるといい事づくしだそう。
 



ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く

ドリスさんはまだ自分の酒倉を持っていない。ブドウ畑のほかには農家の納屋があるだけ。他のブドウ栽培者のタンクを借りて、ワインを醸造している。彼女の目下の夢は数年後に酒倉を持つことだが、こんなふうに最小限の所有物で美味しいワインを造れるなら、それは最高の方法なのではないかとさえ、思う。
夢なんて、資金を貯めて、準備万端に整えてから追いかけるものではないのだ。走りながら、考えながら、失敗しながら、他の人の知恵や力を借りながら、解決策を探しながら実現していくものなのだ。そうでなければ、人生は短すぎる。

私は彼女のこの取り組みかたにとても共感する。私自身、シャンブルドット(フランス版の民宿)をやってみたいと夢見てから、できることから始めた。ドリス同様、いまでもまだ足りないものだらけだけれど、「やりたい」という熱意がふつふつ熱いうちに始めないと、夢はしぼんでしまう。石橋を叩いただけで人生終わってしまったのではつまらない。渡らなきゃ。
見栄をはらず、恐れず、人と比べず、いまの自分にできることで精一杯チャレンジする。ドリスさんの生き方は清々しい。
 

ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く

ドリスさんのドメーヌ « La Chochotte du Boulon»のワイン。

 

ドリス、君は情熱のプロヴァンスで輝く

ドリスさんはWWOOF(ウーフ)というイギリス発祥の国際的な組織に登録。
宿泊場所と食事を提供する代わりに力を提供してくれる世界中からのウーファーが畑仕事を手伝っている。

 

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Posted by 町田 陽子

町田 陽子

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Yoko MACHIDA
シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら執筆を行う。ショップサイトvillamontrose.shopではフランスの古き良きもの、安心・安全な環境にやさしいものを提案・販売している。阪急百貨店の「フランスフェア」のコーディネイトをパートナーのダヴィッドと担当。著書に『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』『南フランスの休日プロヴァンスへ』