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滞仏日記「フランス人の親が子供に託す未来とは」 Posted on 2019/06/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、いつも息子を預かってくれるアレクサンドル君のご両親を、お礼を兼ねて食事に誘った。日本で買った博多人形をプレゼントしたら大喜びであった。何せ、彼らが一番息子を預かってくれる。この二人がいなければ僕は一切日本で活動できなかったし、今後も出来ない。そういう意味でリサは息子のフランスのおかあさん、ロベルトはおとうさんがわりなのである。

話しはまず夏休みの過ごし方からはじまった。今年、アレクサンドル君はアメリカに行き、自然に囲まれたキャンプ場(高級キャンプ施設があるのだ)でアメリカ人の子たちと一緒に一か月間過ごす。普通の短期留学とは違い、カヌーをやったり、山登りをしたり、魚釣りをしたり、とにかく自然と過ごす一月になるようだ。もともと人見知りの激しい子で、内向的で、うちの子にはいじめっ子で、でも、僕にはとっても優等生。頭のいい子だけど、社会的な子ではなかった。その子を一人アメリカに留学させる二人の決断に僕はちょっと心を動かされた。このままじゃいけないから、とリサが言った。もちろん、うちの息子は一人で日本に行って帰ってくることを10才からやっている。少なくとも世界中どこへでも一人で行って帰ってくることが出来る。でも、アメリカの大自然に囲まれたキャンプ場で、一月、携帯もパソコンも一切禁止という環境で、うちの子がやっていけるかどうか、疑問だった。いや、無理だ。この経験を突破した後、アレクサンドルがどう変わるか、僕と息子は興味津々なのである。

夏休みの話から僕らは子供たちの将来の話へと移った。ロベルトはイタリア人、リサはベトナム系のフランス人だ。ロベルトは現在、ミラノの銀行で働いている。リサはもともとフランス語の教師だったが、今は趣味の小物づくりを生き甲斐にしている。リサのお父さんは外科医、一族は亡命ベトナムの貴族だった。フランスの番組で彼らの一族についての特集がされるくらいの歴史ある家系で、そういう意味では僕やロベルトとはちょっと次元が違っている。
ロベルトが言った。
「僕は子供の頃、ぜんぜん勉強が出来なかった。正直、落第生みたいな感じだった。だから父が手に職をつけろと言ったんだ。それで技術系の高校へ進学した。いざという時に手に職があれば食いつぶれることがない」
「ロベルト、僕の父も同じことを言ってたよ。男は手に職を付けろって。僕は学校で何も勉強していない。今持っている技術は全て独学なんだ」
するとリサが、何言ってるのあんたたち、という顔で割り込んできた。
「今時、そういう考え方は古いわよ。あの子たちは二人とも優秀なんだからもっと勉強をさせて上の学校へ挑戦させるべき。可能性をこの段階で閉ざしてどうするの? 何になれるかなんて今の段階じゃわからないのだから、何の技術を学ぶというの? 経験よりもまず知識よ。いい大学に行って、そういう教授や仲間たちに囲まれてこそ世界は広がる。フランスに限らず、世界中のもっと素晴らしい大学へ進むことを考えるべきよ。その時に彼らは無限の選択肢の中から自分の意思で未来を見つけることでしょう」
僕とロベルトは肩を竦めあった。リサの意見はもっともだった。
「ひとなり、彼の未来をあなたが閉ざしちゃだめ。あの子には無限の可能性がある。選択肢が広い方が彼の人生の間口も広がるのよ。アレクサンドルも同じ。私たちに出来ることは、仕事や未来を押し付けることじゃなく、子供たちの中にある可能性やチャンスを広げることなんだから」
僕とロベルトはこっそり顔を見合わせて、苦笑しあった。でも、リサの考え方は正しいのかもしれない。そういう意見もあるだろうね、と僕は小さく呟いておいた。 

滞仏日記「フランス人の親が子供に託す未来とは」